-160000HITプレゼント小説-

船は港へ滑るように入っていった。
桟橋の付近に数多くの人が行き交っているのが遠目からでも分かった。
何かに使うのか、海面に浮かべた大きな浮き舞台のようなものも見えた。
「すごい人出だね。いつもこうなの?」
初めての異世界への上陸を目前にして、目を輝かせて港の風景を見つめていたフォルトは、後甲板を振り返って尋ねた。
隣のウーナも同じように後ろを振り返った。
「ちょうどイドゥン祭りがある頃なんだ。いい時に来られたな。」
舵輪を握っている船長のトーマスが言った。
「お祭りなの? うわぁ、楽しそうね、フォルちゃん。」
ウーナが嬉しそうな声を上げた。
その間にもプラネトスII世号は桟橋に近づいていく。
港を行き交う人が足を止め、プラネトスII世号に見とれているのが見えた。
祭りを前に浮かれている人々の表情は、エル・フィルディンの巡業を前に心躍らせている自分たちと重なって見えた。
どこの世界でも、楽しみ事は同じなんだなとフォルトは思った。

船首から舫綱が桟橋に向かって投げられた。
桟橋にいた男たちがそれを掴んで固定する。
「よーし、機関停止。ルカ、上がって来いよ。」
機関室へつながる伝声管に向かってトーマスが叫んた。
トーマスはフォルトの横に並ぶとボルンの港を見渡した。
「祭り直前だな。もう宿屋は一杯だろう。フォルト、プラネトスII世号の船室を使ってくれて良いからな。」
トーマスが二人に語りかけたが、フォルトは即座に言い返した。
「ううん、トーマス。僕とウーナのことはお構いなく。自分たちで何とかするよ、ね、ウーナ。」
フォルトは自信たっぷりにウーナを見た。
「え、でも、泊まるところが一杯だったら困るよぅ、フォルちゃん…。」
ウーナは口先を尖らせた。独特の口ごもり方は押しつけがましくないが、折れてくれないのに変わりはない。
フォルトは頭を掻いた。
「探す前から頼っちゃいけないだろ、ウーナ。トーマス、僕たち町で探してみるから。もし満員だったら、プラネトスII世号を使わせてもらうよ。」
相変わらず律儀なフォルトは、この数年で幾分大人びた。
祖父に付いてずっと旅芸人をしていたのが、かなり自信になっているようだ。
「わかった、そうしろ。」
トーマスは折れて言い放ったが、ふと気になってフォルトに尋ねた。
「お前たち、ラップからこっちの通貨を受け取ってるよな?」
確認するようなトーマスの問いに、フォルトとウーナは顔を見合わせた。
ウーナの表情に『ほら、やっぱり』という様子が浮かんでいる。
「……まさかそっちもご遠慮したんじゃないだろうな、フォルト。」
オクターブ下がったトーマスの追求に、フォルトは苦笑いした。
「だから、僕とウーナは自分たちの力でエル・フィルディンを回りたいんだよ、トーマス。ミッシェルさんにも言ったけど、みんなの力を借りたら、確かに旅は楽になると思う。でも、それじゃ僕たちの旅にならない気がするんだ。」
「……言ってくれるぜ。」
トーマスはふぅとため息をついた。
「一文無しでどうやって宿を取るんだか。お前の頑固なところ、マクベインさんと似てるよなあ。」
トーマスのぼやきにフォルトは口を尖らせたが、言葉で反論を試みるほど軽率ではなかった。
トーマスとその相方のラップ…ミッシェルの二人は、フォルトとウーナより20歳も年上の知り合いだ。
言い争って勝てる相手でないことは身に染みて分かっていた。
『それでも。』
フォルトは心の中でつぶやいた。
『僕たちは頑張るって決めたんだ。』
マクベインに仕込まれた音楽は、世界を異にしても通じるものだとフォルトは信じていた。
フォルトは決意を胸にウーナを見た。ウーナは仕方ないなあという顔ではにかんだ。

「トーマス、こんにちは。」
不意に港から声が掛かった。それも若い女性の声だ。
フォルトとウーナが声のした方を見ると、長い黒髪を潮風に舞わせてプラネトスII世号を見上げる女性がいた。かたわらに小さな男の子を連れている。
「よう、早いじゃないか。」
顔なじみらしく、トーマスが声を掛ける。
「渡り鳥さんが知らせてくれたのよ。上がれるかしら?」
「ああ、ちょっと待ってろ。」
トーマスは水夫たちに上陸の手はずを急がせた。

程なくしてプラネトスII世号と桟橋の間に上陸用のタラップが用意された。
黒髪の女性はすぐに上がってくるかと思ったのだが、今度は彼女がまごついていた。
「ほら、お船よ。マルコお船に乗りたいでしょう?」
女性は自分の腰ほどの背丈の、小さな男の子の手を引いてタラップを上がろうとするのだが、男の子は頑として動こうとしないのだ。
小さな子供を桟橋に放置出来るはずもなく、女性はすっかり立ち往生してしまった。
「姉さん、どうしたの?」
不意に、フォルトとウーナの後ろから声がした。
「えっ?」
二人は目を丸くして振り返った。
そこには機関室から上がってきたルカ副長がいた。
「やあ、フォルト、ウーナ。とうとう着いたね。」
ルカ副長はにっこりと笑った。
「は、はい。それより今、お姉さんって…。」
フォルトはまごつきながらも沸き上がった疑問を口にした。
「ああ。僕の姉なんだ。ミッシェルさんが知らせに行ってくれたんだよ。」
ルカ副長はタラップを下って、小さな男の子の前にかがみ込んだ。
「マルコ、久しぶりだね。叔父さんのこと覚えてるかい?」
マルコと呼ばれた男の子は、口をもごもごさせたがルカに答えようとしなかった。
「あれ、変だね。前に来た時は甲板を走り回って大喜びしてたのに。」
ルカは姉を見上げた。
「町にたくさん露店が出てるのよ。子供ってああいうのが好きだから。」
ルティスは困り顔で答えた。

「あの人が、ルカ副長のお姉さん…。」
ウーナが自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
膝上の丈の短いスカートを履いて、長い黒髪をさらりと流している姿は、とても母親のようには見えなかった。
「きれいな人だね。」
フォルトが言った。
「うん…。」
「どうしたの、ウーナ。」
「ねえ、フォルちゃん。あの人ルカ副長に会いに来たんだよね。」
「だろうね。」
桟橋の下で、頑として船に乗ろうとしないマルコをなだめているルティスとルカを見ながらフォルトは答えた。
「だったら、私たちがしばらくの間、あの子を見てあげたら良いんじゃないかな。」
ウーナは同意を求めるようにフォルトを見た。
「え?」
「この町の宿屋が空いているかどうか、調べてこなくちゃいけないでしょ。だったら、あの子と行けばお祭りを見せてあげられると思うの。」
「そうか! うん、そうだね。」
フォルトとウーナは笑顔で頷くと二人揃ってタラップを降りていった。

「あの、こんにちは。」
フォルトはルティスたちに声を掛けた。
「こんにちは。ゴメンね、この子、今日はちょっと分からず屋さんなのよ。」
苦笑いして答えたルティスに、ウーナが提案する。
「はじめまして、ルティスさん。私たち今から町を一回りしてくるんです。もし良かったら、お子さんを預かりますけど。」
「あら…。」
良いの?と言いたそうな顔でルティスがウーナを見た。
「ルカ副長と会うのはお久しぶりなんでしょう? 私たち、旅芸人なんです。見に来てくれる子供たちとは、すぐ仲良しになれるんです。」
「二人でしっかり見てますから。」
代わる代わる言うウーナとフォルトに、ルティスは戸惑いと嬉しさの混ざった表情をした。
「良いのかい? フォルト、ウーナ。」
ルカ副長が二人に尋ねた。
「はい!」
フォルトは大きく頷いた。
「姉さん、二人にお願いしようか。マルコも一回りしてきたら気が済むんじゃないかな。」
「そうね、お願い出来る?」
「やったぁ!」
ウーナが小さくガッツポーズをした。
ウーナはマルコの前にしゃがみ込むと、優しく話し掛けた。
「こんにちは、マルコ君。お姉さんたち、これから町へ行くの。マルコ君も一緒に行こう?」
ウーナを見、母親を見上げたマルコは、ルティスに頷き掛けられて、はじけるような笑顔を見せた。
「うん、行く!」

フォルトとウーナはマルコを連れてボルンの町へ繰り出した。
二人はマルコを真ん中にして手をつないだ。
港の桟橋からして大勢の見物客でごった返していたからだ。
三人はまず、船の上からも見えた海上の浮き舞台を目指した。
「今年は誰が出場するんじゃ?」
「どっちが勝つだろうなあ。」
「明日が楽しみだわい。」
周囲の人々の話す声が耳に入ってくる。
「あそこで何かあるのかな。」
フォルトがウーナに声を掛けた。
「僕知ってる!」
マルコが声をあげた。
二人とつないだ手を、ぶんぶんと振って注意を促す。
「え、なになに? 何があるの、マルコ君。」
ウーナが少し屈み込んでマルコに尋ねた。
「あのね、海の上のところでね、試合するんだ。海に落ちたら負けなんだよ。」
「ふーん。町の人が出るのかな?」
フォルトが聞くと、マルコは首をかしげた。
「わかんない。でもお祭りで一番楽しいって母さんが言ってた。」
「へえ、そうなんだ。」
フォルトは人垣の後ろから伸び上がって浮き桟橋を見た。
よくよく見ると、水深はかなりありそうだった。
力自慢にはいい舞台かも知れないが、自分は御免だとフォルトは思った。
「フォルちゃん、ここ人が多いから町の方へ行こうよぅ。」
行き交う人に揉まれながらウーナが言った。
マルコもギュッと二人の手を握りしめていた。
ともすれば、人混みに紛れてしまいそうだ。
「そうだね、行こうか。」
フォルトは慌ててマルコの手を握り返した。

桟橋を抜け、最初の角を曲がるとあちらこちらに露店が並んでいた。
まだ準備をしている店も多かったが、それでもかなりの店が商売を始めていて、威勢の良い掛け声やら、食べ物の匂いやらが祭り気分を醸し出していた。
港ほどではないが、通りの人出も多く賑やかだった。
「まだ今日がお祭りって訳じゃないみたいだね。」
フォルトが支度中の露店を見て言った。
「うん。でもこれだけお店が開いているんだから、明日かなぁ?」
ウーナも言った。
マルコはあっちの店、こっちの店と顔を巡らせていた。
「その辺の話をちゃんと聞いた方が良いね。演奏をするのに許可が必要だったらいけないし。」
「そうだよね。でも、どこで聞いたらいいのぅ?」
ウーナが首をかしげ、フォルトは周囲を見回した。
いつもなら、ざっと見渡すだけで情報を得られそうな店の目星が付くのだが、ここは初めての異国だった。
店構えもヴェルトルーナのそれとはずいぶん異なっている。
「んん、どこがいいかなあ…。」
フォルトが思案顔になると、ウーナが助け船を出した。
「全部見ていこうよ、フォルちゃん。せっかくのお祭りだもん。」
にっこり笑うウーナの隣で、マルコも目を輝かせている。
「わかった。見ながら探そう。」
フォルトも笑顔で二人に答えたのだった。

露店は、本当に様々なものが並んでいた。
採りたての野菜や乾燥させた果物。
動物の皮や爪、干し肉。
海に面しているだけあって、魚の干物も数多く、なかには魔獣の物とおぼしき奇妙な色居合いの物まであった。
何が書かれているか、知るよしもない古びた書物。
日々使うには勿体なさそうな装飾の施された器の数々。
上等なものから日常のものまで、ごったに並んだ織物の店もあった。
「僕らの知ってる物とはずいぶん違うね。」
フォルトはウーナに聞こえるようにそっと言った。
「うん。」
ウーナは感慨深そうに答えた。
「私たち、本当に異国へ来たんだね。」
頼もしげな視線をフォルトに送る。
フォルトは一瞬、心臓が跳ね上がったような気がした。
「二人でがんばろうね、ウーナ。」
気持ちの高揚を押さえて答える。
それ以上言葉を交わさなくても、互いの気持ちが手に取るように分かった。
「あーっ!」
ふいにマルコが大声を上げて二人の手を繋いだまま走り出した。
「わっ、ちょっと、マルコ君?」
ウーナはつんのめりそうになって思わず手を離した。
フォルトはマルコに引っ張られながら、後ろを振り返った。
「ウーナ、大丈夫?」
「な、なんとか…。」
ウーナが体勢を立て直して追いつくと、マルコは子供の群がっている露店にかじりついていた。
店番の男の前には白い布をかぶせた大きな盆があり、その上に色とりどりのビー玉が山のように盛られてあった。
「さあさあ、どの色でもいいよ。好きなのを選んで五つでたったの1ロゼだ!」
マルコと同じように目の色を変えた子供たちが、盆の上のお宝の山を引っかき回していた。

「マルコ君、いきなり走り出したら危ないんだよ。」
ウーナはマルコを振り向かせて、同じ目線になるようにしゃがみ込み、メッと睨んだ。
「あ…ごめん…なさい。」
マルコは小さな声で謝った。
「もうしない?」
「うん。」
「わかった、約束よ。」
ウーナはマルコの肩を軽く叩いて立ち上がった。
「ビー玉は男の子には宝物だからね。僕も小さな頃は集めたよ。」
フォルトは懐かしそうに露店に群がる子供たちを見つめた。
「お姉ちゃん、僕これ買ってもいい?」
マルコがウーナの手を引いた。
片方の手は、ビー玉の山を指差している。
「えっ。」
ウーナはフォルトと顔を見合わせた。
マルコの気持ちはよーくわかる。
だが、今二人にはエル・フィルディンの通貨の持ち合わせがないのだった。
「マルコ君のお母さんに、買い物をして良いか聞いてないの。あとでお母さんに買ってもらうのはダメ?」
ウーナはとっさに言っていた。
「うん……」
マルコは口を尖らせてうつむいた。
その様子が可哀想だとウーナは思ったが、今は我慢してもらわないといけない。
「良い子だから、辛抱してね。」
ウーナはマルコに笑顔で言い聞かせた。

「お前、これ欲しいの?」
そのときマルコの隣にいた男の子が聞いてきた。
「え?」
マルコが驚いて男の子を見た。
フォルトとウーナも、同じように男の子を見た。
「俺、欲しいのが五つもないんだ。一つなら、お前の欲しいの買ってやるよ。」
「ホント?」
マルコが目を輝かせた。
「うん。お前の欲しいの、これか?」
男の子が黄色いビー玉を指差した。
「ちがう。僕が欲しいのは、紅いの。」
マルコは真っ赤なビー玉を指差した。
「へえ、お前男なのに紅いのが欲しいの?」
からかうように言いながら、男の子は紅いビー玉を手に取った。
「おじさん、これちょうだい。」
自分の選んだ物と一緒に五つ、手のひらに広げて店主にロゼを払う。
「へい、毎度。」
店主が愛想良く硬貨を受け取ると、男の子はマルコに紅いビー玉を差し出した。
「ほらこれ、やるよ。」
「ありがとう。」
マルコは顔をほころばせた。
「君、ありがとう。」
フォルトは男の子に礼を言った。
「いいよ。五つ決まんなくて、俺も困ってたんだ。」
陽気に言い返した男の子は、ふとフォルトの背中のキタラに目を留めた。
「あれ、兄ちゃんそれを演奏するの?」
背中を指差す。
フォルトとウーナは顔を見合わせた。
「ああ。僕たちは旅の演奏家なんだ。」
「ええっ、すげえ。」
男の子が素っ頓狂な声を上げると、露店に集まっていた子供たちが一斉に顔を上げた。
「なになに? どうしたの?」
向かいにいた女の子が好奇心たっぷりに駆け寄ってきた。
「この兄ちゃんたち演奏家なんだって!」
「えーっ、かっこいいなー。」
「俺いいこと思い付いた! 兄ちゃんたちに踊りの伴奏してもらおうぜ!」
「うわーそれいいよ!!」
勝手に盛り上がる子供たちに囲まれて、フォルトもウーナも、もちろんマルコも目を丸くしてあっけにとられていた。
「ねえ君、伴奏ってどういう事だい?」
フォルトはビー玉を譲ってくれた男の子に話し掛けた。
「俺たち毎年イドゥン祭りで踊ってるんだ。いつも自分たちで歌いながら踊るんだけど、楽器で伴奏してもらえたらいいなあと思ってさ。」
「へえ。なんか面白そうだね、ウーナ。」
フォルトは同意を求めるようにウーナを見た。子供たちの視線がさっとウーナに集まった。
「マルコ君のビー玉のお礼もあるし…」
ウーナが最後まで言い終わらないうちに、子供たちが歓声を上げた。
「決まり! じゃあさあ、さっそく俺たちの踊りを見てよ!」
子供たちに促されて、フォルトたちはいつも練習しているという、街角の古い木の舞台に案内されたのだった。

「ええと、ねえ君。」
フォルトは最初に話し掛けてきた男の子に声を掛けた。
今までのいきさつから、子供たちのリーダーはこの子だと分かっていた。
「あ、俺パーン。何、兄ちゃん。」
パーンは人懐っこくフォルトを見上げた。
「僕はフォルト、こっちがウーナだ。この子は知り合いの子でマルコ。ねえパーン。お祭りの本番って明日かい?」
フォルトが聞くとパーンは目をぱちくりした。
「明日に決まってンじゃん! 兄ちゃんイドゥン祭りの日も知らないのか!?」
「はは。すごく遠くから来たんだ。一日でどれだけ合わせられるかなあ。さっそく歌ってみてよ。」
フォルトはキタラを前に構えた。
ウーナもピッコロを取り出した。
「わあ、きれいな笛ね。」
陽の光を受けてきらめく楽器を女の子が褒めそやした。
「じゃみんな舞台に上がってよ。始めるよ。」
パーンが音頭を取り、5,6人の子供たちが輪になって歌い、踊り始めた。
その素朴なリズムに調子を合わせながら、フォルトはキタラの弦を押さえてみる。
ウーナはマルコの肩に両手を置いて、身体を揺らしてリズムを取っていた。
二度目の踊りには、さっそく楽器を合わせてみた。
「やっぱり、格好付くよな。」
「お兄ちゃんたち上手ね。」
子供たちは嬉しそうだった。
「ありがとう。ちょっと二人で曲の打ち合わせをして良いかい。」
フォルトはパーンに聞いた。
「いいよ。えっとマルコって言ったっけ。俺たちの踊り、一緒にやってみる?」
「やりたい!」
「じゃ、この子見てるから。かっこいい曲頼むぜ、お二人さん!」
ませたことを言って、パーンはマルコを踊りの輪に連れて行った。
その様子を視界の隅に入れながら、フォルトはウーナと手早くアレンジの相談をした。
「元気な子供たちだから、もっと元気になるような感じがいいね。」
フォルトが言うとウーナも笑って頷いた。
「みんなが一緒に踊りたくなるような感じがいいよね、フォルちゃん。」
「そうだね。」
旋律はこうして、間奏はこうしてと、二人はてきぱきと決めていった。

「パーン、みんな。」
フォルトとウーナは揃って子供たちの前に進んだ。
「フォルト一座の伴奏、聞いてくれるかい。」
「うん!」
子供たちは木の舞台にてんでに腰掛けた。
マルコもパーンの隣でちょこんと座っている。
「じゃ始めるよ。」
フォルトとウーナは目で調子を合わせて演奏を開始した。
子供たちが首を振り、肩を揺らせて調子を合わせてくれる。
小さな声で歌っている子もいた。
どの子の顔を見ても楽しそうで、二人は心の中で一安心した。

演奏が終わると子供たちはたくさんの拍手をくれた。
それだけではなかった。
二人の後ろからもいくつもの拍手が沸き上がったのだ。
驚いて振り向くと何人もの町の人が足を止めて演奏を聞いていた。
「パーン、この方たちはどなたかね?」
身なりのしっかりした男がパーンに聞いた。
「フォルト一座だよ、町長さん。さっき踊りの伴奏を引き受けてもらったんだ。」
「お前はまた勝手なことを……。あの、ご迷惑ではなかったですか。」
町長と呼ばれた男はフォルトたちに尋ねた。
フォルトはいささか緊張気味に答えた。
「迷惑なんてとんでもないです。僕たちで良かったら、お祭りの伴奏を務めさせて頂きます。」
「そうですか。それは有り難い。でも、子供たちでは何のお礼も出来ないかと思いますが、よろしいので?」
さすがに純朴なだけの子供たちとはちがう。町長は口にし辛い事を面と向かって尋ねてきた。
「僕たちの連れが子供たちに良くしてもらいました。踊りの伴奏はそのお礼ですから、気にしないでください。」
フォルトはそう答えた。
「ああ、そうですか。ありがとうございます。明日は子供たちも精一杯がんばるでしょう。」
町長は安堵した様子でにこやかに笑った。
「ところで町長さん。」
フォルトは偶然のチャンスを逃すまいと話し掛けた。
「僕たちの一座は、しばらくこの町で興行をしたいと思っています。許可して頂けますか?」
フォルトの問いかけに、町長はしばらくじっとフォルトを見つめた。
「いちいち許しを得なくとも、自由に演奏してくれて構わないよ。君たちならもめ事も起こさないだろう。」
町長の返事にフォルトはパッと顔を輝かせた。
「ありがとうございます!」
「やったね、フォルちゃん。」
ウーナがフォルトの肩を叩いた。
「良かったね兄ちゃんたち。」
子供たちも口々に言った。
「よーし、じゃ、今度は伴奏に合わせて踊ってみようか。」
「うん!」

フォルトとウーナ、それにマルコは夕暮れ近くまで町の子供たちの練習に付き合った。
明日の時間を約束をし、それから忘れていた宿探しに駆け回ったが、既に何処も満杯だった。
「きっともう何日も前から一杯だったのよ。」
歩き疲れたマルコを背負い、ウーナが言った。
「そうかも知れないけど、先に回っておけば良かったなあ。」
フォルトはぼやいた。
「でも、エル・フィルディンのお金、まだ持ってないでしょ。どっちみち宿には泊まれなかったんじゃないかなぁ。」
「演奏をすればお金は稼げるよ。明日は約束の時間までにしっかり稼ごう。祭りのせいか、泊まり賃が高かったからね。」
フォルトは強がったが、少々自信がぐらついているのも確かだった。
「そうね。」
フォルトの不安が手に取るようにわかり、ウーナは同意するにとどめた。
今は港にプラネトスII世号がいるけれど、彼らと別れたら本当に自分たちの死活問題になるのだ。フォルトの心配をあおる気にはなれなかった。

「よ、お帰り。首尾はどうだった?」
プラネトスII世号でトーマスとルカ、それにルティスに迎えられ、フォルトとウーナは子供たちを手伝うことになったいきさつを話した。
「ふふ、ぐっすり眠っちゃってるわ。よっぽどはしゃぎ回ったのね。大変だったでしょう。」
「いいえ。マルコ君おとなしかったです。大丈夫でしたよ。」
「そう?」
ルティスはウーナの背からマルコを抱き取ると船室に降りていった。
「あの、トーマス。宿屋を回ってきたんだけど、何処も空いていなかったんだ。今日は船に泊めてもらえるかな。」
フォルトは改まってトーマスに頼んだ。
「だから最初からそうしろって言ってただろ。昨日までの部屋を使えよ。しばらくこの港にいるから、他人行儀なことはなしだ。」
トーマスはぶっきらぼうに言ってから口の端をニヤッと吊り上げた。
「初公演が水上舞台とは縁起がいいじゃないか。明日はみんなで見物に行ってやるからな。」
「うん、ありがとう。」
宿泊場所が決まったことに安堵して、フォルトは素直に頭を下げた。

翌日。
前日の賑わいを更に倍にしたような大賑わいの中、フォルトとウーナはボルンの街角で二人きりの公演をした。
どこから聞きつけたのか、パーンたちが集まってきて手拍子や足拍子の音頭を取ってくれ、祭り本番の高揚感も手伝って二人はある程度の稼ぎを得ることが出来たのだった。
「フォルちゃん、宿に泊まれるくらいになった?」
集まった小銭を数えるフォルトに声を掛けると、フォルトは難しい表情で顔を上げた。
「ちょっと足りないかな。食べることも考えなくちゃいけないからね。」
「まだ最初だもん、そんなに深刻にならなくていいよぅ。」
ウーナはフォルトの頬を両手でつまんで引っ張った。
「今日はパーンたちと楽しもうね、フォルちゃん。ほらもっと笑顔で!」

そして昼下がり。
ボルンの港は鈴なりの人で混み合っていた。
イドゥン祭りの名物、水上試合を一目見ようという人たちである。
その大勢の観客の前でパーンたちボルンの子供たちと一緒にフォルトとウーナも舞台に立った。
「皆さん、それでは恒例となりました子供たちの歌と踊りをお楽しみください。今年は特別ゲストをお招きしています。」
舞台中央の司会者がフォルトとウーナの方を指し示した。
人々の目が一斉に二人に注がれた。
「えっ!?」
フォルトは面食らった。
ただの伴奏のはずだ。特別ゲストと紹介されるなんて有り得ない。
だが司会者の次の一言で、フォルトは頭にさーっと血が上るのを自覚した。

「あのキャプテン・トーマスがっ、
  ガガーブの嵐を乗り越えっ、
  たどり着いた新世界から期待の演奏家を連れてきました。
  フォルト一座の若いお二人ですーッ!!」

うおおおーという地鳴りのようなどよめきが港を走った。
「ちょっ、フォルちゃん、これって一体……。」
ウーナも突然の出来事に手で口元を覆って驚いていた。
「トーマス……。」
フォルトも一言つぶやいたきり、言葉にならなかった。
あの、目立つことこそ楽しみという船長が、二人を黙って送り出すと考えたのが間違いだったのだ。
「フォルト、頑張れよー。」
「ウーナちゃん、がんばってー。」
名指しの声援にふと対岸をみれば、プラネトスII世号の船員たちがひとかたまりになって桟橋に陣取っていた。
ルカ副長も、ルティスさんも、その腕に抱き上げられたマルコも見えた。
その中に、司会者に入れ知恵した張本人が颯爽と立っているのを見つけて、フォルトは我に返った。
「皆さん、こんにちは。僕たちフォルト一座です。」
フォルトは一歩前に進み出て群衆に向けてお辞儀をした。
「今日はボルンの子供たちと一緒に水上舞台に上がらせていただいて、大変光栄です。精一杯がんばります!」
続けて、フォルトはキタラをかき鳴らした。
どんなときでも、こんな興奮の中でも、フォルトと一体となって奏でられる曲、「それ見よ我が元気」だった。
間髪入れずにウーナがピッコロを合わせていた。
『うん、大丈夫。僕たちはやっていけるよ、トーマス。』
フォルトは旅立ちの門出を彼らしいやり方で祝福してくれたトーマスに、心の中で話しかけ感謝した。
曲が終わると大きな拍手が沸き起こった。
フォルトとウーナは笑顔でお辞儀をし、子供たちの後ろに下がった。
「兄ちゃん、キャプテン・トーマスの友達なの!?」
パーンをはじめとする子供たちも目の色が違う。
フォルトは苦笑して大きくうなずいた。
「トーマスも桟橋で見てるよ。みんな、がんばろうな。」
「うん!」

ボルンの子供たちの踊りと歌は、集まった人々の温かな拍手に迎えられて無事終了した。
子供たちと別れ、二人がプラネトスII世号に戻ると、ルティスとマルコが帰途につくところだった。
「兄ちゃん、すごく良かったよ。」
二人を見つけてマルコが言った。
「ありがとう、マルコ君。」
ウーナはマルコに笑いかけた。
「元気のいい演奏だったわ。ルカに聞いたんだけど、エル・フィルディンを巡業するんですってね。」
ルティスがフォルトに聞いた。
「はい。こちらの世界を二人で歩いてみるつもりです。」
フォルトの返事に、ルティスはしばし感慨深そうな表情をしていた。
「きっと沢山得るものがあると思うわ。がんばってね。」
ルティスは二人に言った。
「ありがとうございます。」
フォルトは素直に礼を言った。
さすがルカ副長の姉だけあって、二人が異国から来たと聞いても動じないのはうれしかった。
「王都フィルディンには夏至祭という大きなお祭りがあるの。村が空っぽになるくらい、みんなが見に行くのよ。そのときは是非来てね。」
「はい。」
二人が答えると、ルティスはルカ副長に向き直った。
「それじゃ、私たちは帰るわね。ルカ、体に気をつけるのよ。」
「うん。姉さんも帰り道に気をつけてね。義兄さんたちによろしく。」
「ええ。さあマルコ、行きましょう。」
ルティスはマルコの手を取った。
「おじちゃん、兄ちゃん姉ちゃん、バイバイ。」
船のタラップに片足をかけ、マルコが振り向いて小さな手を振った。
「バイバイ、マルコ君。」
「また会おうね。」

「お姉さん、ボルンの近くに住んでいるんですか?」
ウーナがルカに尋ねた。
「いや、王都のさらに向こうだよ。今日は祭り客相手の獣車が出るらしいんだ。そうでなければ子供連れでは危ないね。」
ルカは去っていく肉親の背にもう一度視線を投げると、また二人を振り返った。
「調理場の火を落としたから、食事は町でとってきてくれるかな。キャプテンたちは試合見物のあとそのまま繰り出していったよ。」
「わかりました。あの、ルカ副長。」
フォルトはふと思った疑問をルカに投げかけた。
「なんだい。」
「水上試合の舞台で、僕たちの事を紹介してくれたの。あれはトーマスの計らいですか?」
フォルトの問いにルカは合点がいった様子で答えた。
「本人たちの知らない所でいろいろ立ち回るのはキャプテンの楽しみなんだよ。君たち初めて会ったときに散々振り回されただろ。」
「そういえば……。」
「正体の知れない人だったもんね。」
三人は共通の記憶を思い出して笑った。
「今頃くしゃみしてるかしら。」
ウーナが茶目っ気たっぷりに言った。
「会って、お礼言わなくちゃ。あんなに沢山の人に知ってもらえたのはトーマスのおかげだよ。」
フォルトはタラップを数段駆け下りた。
「フォルト、ウーナ、宿酒場の下の食堂へ行ってごらん。古くからの行きつけなんだ。きっとそこにいる。」
「分かりました!」
「じゃ、行ってきます!」
フォルトとウーナは元気一杯に駆けだした。
二人の異国の旅は、今始まったばかりだった。

2006/8/17


たいへん長らくお待たせをいたしました。160000HITのリクエスト小説をお届けします。

なかなか書き進まなかったある日、PSP朱紅い雫の攻略本でボルンの町マップを見たら、記憶してたのと全然違ってました。
ニューボルンとごっちゃになった上、旧版のボルン・ニューボルンとも混同してました。そりゃあ迷っちゃうよ、私。
以来机の上には攻略本が載ってました。

ボルンの子供たちの名前。
攻略本には「ザムザ」をくれた子の名前しか載っていませんでした。
これはファンブックで解決。「チャイム」「ケド」「パーン」。
でも微妙にどれが女の子の名前なのか分からない……。
結局、全部のセリフが男の子っぽかったパーンを使いました。
それって「ザムザ」をくれた子じゃん。
ファンブックで調べる意味無かったじゃん。
やっぱりNPCマップは新版も作るべきかも。(それ以前に旧版が途中だってーの)

最初は出てくる子供をお兄ちゃんと妹のペアにしようと企んでいたんですが、2~3歳の幼児が母親よりお兄ちゃんにくっついていったら、それはそれで問題な気がして没。
その分お兄ちゃんに頑張ってもらいました。ビー玉チョイスで、誰の血を引いているかきっと分かっていただけるかと。

助っ人四人(五人?)衆、トーマスしか出せませんでした。
ルカはそれ程主張が強くないキャラなので良いのですが、ミッシェルさんなんて出した側から主導権を奪っていきますもので。
ミッシェルさんはプラネトスII世号の船員の帰省を知らせる手紙を配達中、アヴィンはギルドの仕事を請負い中、マイルは畑仕事に拘束中(多分それが本業かと)、という設定を考えてました。

フォルトとウーナを書くの、実は空の軌跡のヨシュア&エステルとダブりまくったんじゃないかと一抹の不安があります。
空の軌跡ラストで『あ、公認の婚前旅行v』と思ったのが、そのまま尾を引いている気が……。
(素敵な二次創作サイトがあって、この認識は深まるばかりなのです(笑)。)
檻歌で14歳の二人、数年後としたら16~17歳くらいで、多分二人で旅することの了解を双方の両親から取っていると思うんですよね。
16~17なら、アヴィンとルティスがそうだし、ガガーブの世界では結婚してもいい年だよな、なんて。
ヨシュエスほど恋愛関係って雰囲気ではないですけどね。