-30001HITプレゼント小説-

「フロードさん、どこへ行くの?」
後ろから元気な声がフロードを呼び止めた。アイーダである。
「あん? どこって言われてもな。」
フロードは長髪をさらりとひるがえしてアイーダを振り返った。
「だってもう暗くなるでしょ。いくら大人だって、一人で出歩くのは危険よ。」
アイーダは本気で心配しているのか、それともフロードをなめてかかっているのか、保護者のような言い方をした。
確かに日は砂漠の稜線に落ちかかっている。夕焼けに照らされて、どこもかしこも燃えているようだ。
まもなく闇が忍び寄ってくる頃合ではある。だが、十九歳も年上の人間を捕まえて、『一人で出歩くのは危険よ』はないだろう。
フロードは口の端を吊り上げてニヤッと笑った。
「アイーダだって一人で隊列を離れる時があるだろうが。」
フロードが言うと、アイーダはむきになって言い返した。
「私そんな危険な事しないもん。」
正面から睨み返してくる様子は、とてもからかい甲斐のあるものだった。
「そうか? その辺のサボテンの陰でお花摘みしてんだろ?」
フロードは一歩アイーダに近づき、声を潜めて言った。
一瞬きょとんとしたアイーダは、たちまち顔を真っ赤にした。
「失礼な人ねっ! さっさと行っちゃいなさい!」
「へいへい、それじゃあ俺もお花摘みしてこようかな。」
「フロードさんのエッチ!!」
アイーダの罵声と、その大声に振り向いたフォルトとウーナの冷たい視線に見送られて、フロードは夜営場を後にした。


大人が隠れられるような大きなサボテンを探して……ではなく、夜営場から完全に見えなくなる場所までフロードは歩いた。
耳を澄ませ、アイーダたちのかしましいおしゃべりが聞こえなくなったのを確認すると、フロードは目の前に向かって声を掛けた。
「おい、来ているか?」
すると苦笑交じりの応えがあった。
「若いお嬢さんをからかうのは感心しませんね。」
声と同時にフロードの前の空間が揺らいだかと思うと、次の瞬間、そこには濃色のローブに身を包んだミッシェルの姿があった。
「いやな奴だな、立ち聞きしていたのか?」
フロードは格別驚く様子もなく、目の前に現れたミッシェルに突っかかった。
「いつ彼らと離れるかわからないと言って、私を待たせているのはあなたでしょう。様子を見ていなかったらこうして現れることなんて出来ませんよ。」
ミッシェルが冷ややかに言い返した。
「そうだったっけな。」
フロードも悪びれずに答えた。

「それで、何か変化はあったか?」
フロードは不満そうなミッシェルを無視して話題を変えた。
ミッシェルも遊びは終わりとばかり、感情を引っ込める。
「こちらは相変わらずです。カヴァロの二人も、アリアさんも。」
ミッシェルの言葉に、心なしか力がないとフロードは思った。
連日の空間移動で参っているのかもしれない。
「そうか。こっちは明日にはセルバートへ着くぞ。」
そんなミッシェルを力付けたくて、フロードは自信満々に言った。
「フォルトたちが、きっとセルバートの村人の心を開いてくれる。」
フロードが断言すると、ミッシェルはホッと息をつき、肩の力を抜いた。
「そうですね。彼らには音楽がありますから。言葉では伝わらない事柄も、音楽が伝えてくれるかもしれない。あなたも期待しているのでしょう?」
フロードの表情を探るように、ミッシェルは顔を上げた。
「もちろんだ。マクベインさんの熱意は本物だからな。そして、俺たちの探している物もきっと、共鳴石の周辺にあるはずだ。」
「彼らのたどってきた糸と、私たちが探していた糸とが、どこかで絡み合っているということですね。」
ミッシェルの言葉にも熱がこもる。
「ああ。」
フロードは力強く頷いた。
「絡み合った糸をほぐして紐解くのはあんたの特技だ。しばらくは頻繁に連絡を取りたいな。」
「できる事ならそうしたいのですが…。」
珍しくミッシェルが語尾を濁した。
フロードはじっとミッシェルの表情を探った。いつのまにか日は落ちて、暗闇が忍び寄ってきた。
「身体に無理をしているんじゃないか? いくらあんたでも、このところの飛び方は普通じゃないだろう。俺の船でも、カヴァロでもいい、ちゃんと休めよ。」
「ええ。カヴァロの二人にも、同じ事を言われましたよ。」
ミッシェルの声は、笑いを含んでいた。
己のことを、まるで他人のように扱う奴だとフロードは思った。
そうやって自分を把握していることがミッシェルの強さなのだろうが、結局は一人芝居だ。
必要なことだと思えば無意識に無理をする。
「今が正念場だという気がするんです。自分の身体のことはわかっているつもりですから、もう少し好きに動かせてもらいたいですね。」
果たしてミッシェルは、フロードの予想通りの返事をよこしたのだった。
「程々にしろよ。」
フロードは釘を刺すつもりで言った。
「気に留めておきます。」
ミッシェルが答えた。

「それじゃ、明日も日没に連絡を取ろう。」
フロードは言った。
「ええ…いいでしょう。」
ミッシェルは少しためらってから返事をした。
『やっぱり、こいつは休ませなきゃならないな。』
フロードは心の中でそう思った。
「ミッシェル、どこまで帰るんだ?」
「はい?」
ミッシェルが聞き返した。言いたくないのか、答えるそぶりを見せない。
「オアシスの宿屋にでも泊まってろ。無茶をするな。」
つい、言葉が荒くなった。何か言い返そうとしたミッシェルが、フロードの表情を見て言葉を飲み込んだ。
フロードははっとした。ミッシェルは部下じゃない。命令口調で言ってはいけなかった。
「すまん、つい。」
フロードは意識して顔面の筋肉を緩めた。
「あんたは全部自分で決めるからな。信じているつもりだが…今は無理をしているように見えるんだ。」
返事はなかった。
「それじゃあ、明日な。」
沈黙にいたたまれず、フロードは夜営場に戻ろうとした。
「…オアシスで、何か買い物をしてきましょうか?」
ミッシェルがフロードの背中に声を掛けた。
それはつまり、オアシスで身体を休めてくれるということだ。
フロードは背中を向けたまま、破顔した。
「そうだな。日焼け止めのクリームでも買ってきてもらおうか。」
「彼女のご機嫌取りですか。やれやれ、まめな人だ。」
ミッシェルがあきれたようにつぶやいた。
「馬鹿にするなよ。気遣いを見せるのは女性を扱う基本だぞ。そんなことも出来ないからアリアが心を開かないんじゃないか? シュルフで話を聞くのが重要だとわかっているなら、それなりの対応があるだろうが。俺が行けるものならぜひ手並みを披露してやりたいね。」
フロードは、思わず振り返ってミッシェルに懇々と言い聞かせた。
ミッシェルは黙って最後まで聞いていたが、フロードが満足そうに言い終えると一言言い返した。
「あなたの場合の心を開くは、私の望んでいるものとは違うようですけれどね。」
「うっ。」
痛いところを突かれてフロードは苦虫を噛み潰したような顔になる。全くこの朴念仁、そういうところだけは鋭い。
恋愛も人間関係も、初めは同じようなものだ。フロードはもうひとくさり自説を披露したい気分だった。
「シュルフについては任せてください。私なりに筋を通したいので。お買い物は承りました。せいぜい休憩させてもらいますよ。」
ミッシェルは愛用の杖でトンと地面を叩いた。
ミッシェルの周りの空間がゆらっと揺れ、その身体が膝の高さほどまで浮かび上がった。
「では明日。」
「お、おう。」
フロードの目の前で、ミッシェルの姿は空間に溶け込んで消えた。

しばらくの間、フロードはその場に立っていた。
暗闇はもう辺りを覆い尽くしていて、自分の歩いてきた足跡も見えにくくなっていた。
「明日だ。俺も頑張る。おまえも頑張れよ。」
ミッシェルの立っていた場所に向かって、フロードはつぶやいた。
そして、さっときびすを返すと、足早に夜営場へ戻っていった。

2002.11.9


30001hit を踏まれた夢月さんのリクエスト、「フロードとミッシェル」です。
あんまり実のあるお話じゃなくてすみません。
この二人の日常会話って、常に火花が散っているような、機知に富んだ会話をしているんじゃないかな~って思ったんです。
機知…ウィット…、私なんぞが書いてはいけないような気がしますが……。

そう言えば、トーマスじゃなく、フロードとかスレイドとかに扮していた時のこの人を書くのは、とても珍しいような気がします。
カモミールは正体がバレルまで気付かなかった大トロなので、頭の中のスレイドとトーマスは全然別人のようだったりします。
フロードを名乗っていた時期が、ちょうどカヴァロでいろいろあった頃と重なるので、このお話の背景には「カヴァロ解放」のお話があります。さらに、短編の「アリア」のお話も、この時期に重なります。
・・・・・・こんなにあっちこっち飛び回っていたのですから、ミッシェルさんがお疲れモードなのも納得してしまいますよね(^^;)。

いつも書いている話と違った点。それは、二人があまりお互いの名前を呼ばないことでした。
「あなた」「あんた」という呼び方で済んでしまっているんです。さすが同年代(笑)。
タイトルは海の檻歌のBGMからいただきました。砂漠の曲です。さしずめ、フロードがHot、ミッシェルさんがCoolでしょうか。