Fanfiction 二次創作|Junkkits

冒険者のバカンス

-3-

アヴィンはデンケンが付けてくれた子供に案内されて修行所の風呂を使い、さっぱりした気分でオルテガの家へ向かった。
修行所から程近いその家は、こじんまりとした二階建てだった。
案内の子供は建物の一階に住む老婦人ジゼルに事の次第を話し、アヴィンを託して帰っていった。
「オルテガ様にお客様なんて、珍しいですこと。」
まぶしそうにアヴィンを見たジゼルは、しっかりした足取りで先に立って階段を上っていった。
「二階は全部、オルテガ様がお使いになっているお部屋ですよ。」
とはいえ、二つしかない扉の片方を、ジゼルは遠慮気味に開いた。
「こちらが主にお使いのお部屋です。…あらあら。」
ジゼルは大きなため息をついた。
後ろから部屋を覗き込んだアヴィンは、彼女のため息の理由を目の当たりにした。
部屋はおびただしい量の本で埋もれていた。
机にも、二つある寝台にも、分厚い書物が広げたまま置かれていた。
「調べ物をなさっていると伺っておりましたので、私は入らないようにしていたんですのよ。でもまあ、こんなになさってまあ……。」
あきれるジゼルにアヴィンは深く同情したが、この山を片付けなければ、自分も横になることは出来ないのだ。
アヴィンは頭を掻いた。
「もう一つの部屋はどうなんだ?」
アヴィンが聞くと、ジゼルは首を横に振った。
「そちらは物置き場ですわ。寝台はこちらにしかございません。」
ジゼルは申し訳なさそうに答えた。
「このままじゃ俺も寝られそうにないな。夕方には戻ると言っていたから、片付けて良いか聞いてみるよ。」
アヴィンが言うとジゼルも納得してくれた。
「本当に一言申し上げなくちゃいけません。私がちゃんとお願いしますからね。それまで下でお待ちくださいな。」
そう言ってジゼルはにっこりと笑ったのだった。

ジゼルは約束をたがえなかった。
夕方戻って来たオルテガは、彼女から大目玉を食らったのである。
「お部屋の散らかし具合を忘れてお友達を招待するなんて、以ての外です。すぐに片付けてくださいませ。」
ジゼルの剣幕にオルテガは頷くしかなかった。
「そんなにひどい有様でしたか。」
階段を上る途中でオルテガはアヴィンに尋ねた。
「夕べはどこで寝たんだ? 床かい?」
アヴィンはオルテガに聞き返した。
「ここしばらく修行所に寝泊まりしていたんです。確かに調べ物の途中でしたが……そんなにひどいですか。」
「見れば思い出すさ。」
アヴィンは苦笑いしてそう答えた。

「ああ、そうでした。これをやりかけていたんだ。」
オルテガは部屋に入ると書物の山に歩み寄ってつぶやいた。
「これでは横になれないね。ともかく寝台を空けなくては。ひとまず床に下ろしましょう。」
そう言うと、オルテガは寝台の上に重なった本を一冊ずつ移動し始めた。
床は、あっという間に本で埋まったが、それでもオルテガは本を書棚に戻そうとは言い出さなかった。
「不便を掛けてすみません。棚に戻すわけにもいかなくて。」
弁解がましくオルテガが言った。
確かにアヴィンの見たところ、ここにある本の量は書棚の隙間よりもかなり多いようであった。
棚に収めても収拾がつかないことは、オルテガもわかっているのだろう。
「まあ、踏みつけたら勘弁してくれよ。」
寝台までの細い隙間を通りながらアヴィンはこぼした。
奥の寝台に乗った本を、一冊ずつオルテガに手渡す。
オルテガはすばやく本に目を走らせ、関連のあると思しき本の近くにそれを積み重ねた。「何の調べ物なんだ、これは。」
アヴィンが聞いた。
「シャリネの、魔女の巡礼に関するものです。元々の巡礼の目的や、五箇所のシャリネがそこに定められた理由を知りたかったのですが、難物でしてね。」
オルテガは簡単に説明をすると、再び本の山との格闘を始めた。
とっぷりと日が暮れてから、二人はやっと夕食を取るために階下へ降りたのだった。


ジゼルはすっかり機嫌を直して、久しぶりの来客に腕を振るってくれていた。
二人は湯気の立ち昇るあたたかなテーブルに着いた。
「私の古い友人のアヴィンです。ルーレの船の支度ができるまで、しばらく逗留しますので世話を頼みます。」
オルテガが改めてアヴィンを紹介した。
「アヴィンです。よろしくお願いします、ジゼルさん。」
アヴィンが軽く頭を下げると、ジゼルは朗らかな笑顔を浮かべた。
「オルテガ様のお世話をさせていただいております。ご自分の家だと思って寛いでくださいましね。ちょっと、足元が危険かもしれませんけれども。」
さりげなく二階の惨状に言及されて、オルテガが苦笑いをした。
「すまないね、ジゼル。あれは時間の掛かった調べ事なのでね。アヴィンにも不自由を掛けるが、もうしばらく我慢して欲しい。少しずつ片付けるよ。」
「俺は構わないさ。足元に小さな子供がうろちょろしているなんて日常茶飯事だから。自然と気に掛けるようになってるよ。」
アヴィンは答えた。
「お食事なさっている間にシーツを取り替えておきましょう。」
「ああ、すまないね。」
ジゼルに頭のあがらないところを見せて、オルテガは目の端に笑ったような困ったようなしわを寄せた。
傍で見ていたアヴィンには、そのやり取りが身内の者に対するような暖かいものに見えたのだった。

「あの人はミッシェルさんの家族なのか?」
ジゼルが厨房に下がるとアヴィンは尋ねてみた。
「ジゼルですか?」
オルテガは首を横に振った。
「何の縁もない人ですよ。ああ、でも彼女は町の多くの神官たちの母親のようなものです。」
オルテガは答えた。
「オルドスに町を開いてすぐ、彼女は働き口を探してやってきたんです。魔法使いばかりの町に何故来たのかと尋ねたら、自分の子供を捜すためだと言うんですよ。」
オルテガは昔を思い出すように話した。
「子供?」
アヴィンはぎょっとして言った。
「ええ。昔、魔法を使う自分の子供をやむなく手放したのだそうです。ずっと忘れられずにいたのでしょう。オルドスの事を知り、ここに来れば何かわかるかもしれないとやってきたのです。」
オルテガは淡々と語った。
「彼女の子供はオルドスにいませんでしたが、ジゼルはそのままここに住み着きました。オルドスにいれば何か情報が得られると思ったのかもしれません。彼女は神官や、行き場を失ってやって来た者たちの世話を始めました。かつて、自分が子供にしてやれなかったことをやり遂げたかったのかもしれませんね。」
オルテガの言葉の端々に、暖かな包み込むような気配がにじんでいた。
そういえばこの友人の家族のことなど聞いたことはなかったとアヴィンは気付いた。
もしかしたら、オルテガにとってもこの老婦人は母親のような存在なのかもしれない。
「そうなのか。いい人だな。」
アヴィンは暖かな気持ちになって言った。
故郷の、親友の母親が思い出された。
幼くして親を失ったアヴィンにとって、彼女は実の母にも劣らぬ大きな存在だった。
オルテガにもそういう安らぎの場所があるのだ。それが無性に嬉しかった。
「時々やり込められますけれどね。」
オルテガは自嘲気味に言った。
「それは自業自得というやつだろう。」
アヴィンは笑って言い返した。
「やれやれ、一本取られましたね。」
オルテガはさほど不満ではなさそうに、目を細めて笑った。
「さっき、船の準備がどうとか言っていたな。」
アヴィンが聞いた。
「ええ。ルーレは船の魔道士たちに十分な休息をくれるのです。彼らの状態が悪ければ、無事にガガーブを越える事は出来ませんからね。今すぐ戻ってもテュエールで待ちぼうけを食らいますよ。」
「ああ、そう言えば……。」
アヴィンは下船したときのことを思い出した。
「ゆっくり行ってこいって言われたな。」
「そうでしょう。オルドスでゆっくり休んでいってください。」
オルテガの誘いに、アヴィンは二つ返事で答えていた。
「お言葉に甘えるよ。たまには休暇を楽しむのも良いもんだ。」

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