「ばう~。」
古びた小屋の入り口で、ジャンが誘うように吠えた。
小屋の前に立って周囲を警戒していたアヴィンとマイルは、その声につられて戸口を見た。
ジャンを追いかけるように、一人の女の子が転がるように走り出してきた。
ジャンは捕まりそうになるとひょいとよけた。女の子が追いかけてくるのを十分意識して、
ちょっと走っては止まり、後ろを付いてくるかどうか伺っている。
「ジャン、小屋から離れてはダメだよ!」
続いて出てきたフォルトが愛犬に声を掛けた。
「うおん!」
わかっているとでも言いたげに、ジャンは吠えた。
そのわずかな隙を、女の子は見逃さなかった。
思いっきり走って、ジャンに両腕を投げかけて飛び付いた。
「キャン!」
ジャンはびっくりして飛び上がったが、この少女に危険がないとわかったのだろう。
逃げ出したり、威嚇するような事はなかった。
それどころか、飼い主にじゃれるのと変わらぬように、尻尾を振っている。
ジャンの頭の上のトビネズミのリックも、関心がある様子で少女の方に寄ってみたり、離れてみたりを繰り返していた。
「ジャンとお友だちになったのね、あの子。」
フォルトの後ろから外の様子を覗いたウーナが言った。
「うん。ジャンもリックもとっても気に入ったみたいだよ。」
少女はジャンのふさふさの毛並みに半分顔をうずめ、顔の側まで寄ってきたリックを興味深そうに見つめていた。
片手を伸ばしてそっとリックの首のリボンに触ってみる。小さな鈴がチリンと鳴った。
「わあ。」
女の子の顔いっぱいに笑顔が広がる。
両手をそっと、そうっと差し出して、リックを包み込むようにして抱き上げ、自分の側に連れて来る。
「リックは飛びネズミなのよ。」
少女の隣へ腰をおろしながら、ウーナが話し掛けた。
「トビネズミ?」
あどけない声がウーナの言葉を繰り返す。
ジャンが、ウーナと少女の間に割り込んできて、自分の場所だとばかりに寝そべった。
「あ、ジャン。ずるいぞ、自分ばっかり。」
フォルトは特等席がなくなってしまったので、しかたなくジャンの反対側に腰をおろした。
「演奏が出来れば良かったんだけど、見つかっちゃいけないからね。でも、ジャンとリックは少し曲芸が出来るんだよ。」
フォルトが言うと、少女はわかっているというように小さくうなずいた。
フォルトとウーナは顔を見合わせた。少女のしぐさが、年に似合わずおとなびていたからだった。

「子供はやっぱり子供同士が良いんだね。」
少女たちの様子を見守りながら、マイルが言った。
「そりゃあそうさ。」
アヴィンが周囲に気を配りながら相づちを打つ。
今、小屋の中では、世界を救うための相談が交わされている。
そして、この場所を探して、刺客が送り込まれている事も、アヴィンたちは知っていた。
「あんなに小さい子だもんな。遊び相手が欲しいものさ。」
「ジャンたちも楽しそうだね。」
「ああ。」
二人は、まわりのどんな変化も聞き逃すまいと耳を澄ませ、目を走らせながら、 わずかな余裕の部分で会話を楽しんでいた。
「思いだしたりしないかい?」
マイルが聞いた。アヴィンの目が少し細くなった。
「・・今は、目の前の事だけさ。」
ややあってから、アヴィンは答えた。
意外な返答に、マイルはチラッとアヴィンを見た。
アヴィンは何かの姿を描き重ねるように少女を見つめ、やさしい笑顔を向けていた。
「そうか。そうだね。」
マイルは言わずもがなな事を聞いてしまった自分がはずかしくなった。
こんなに故郷から離れたところへ来てしまって、残してきた家族を思い出さないはずはなかった。

「うえ~ん。」
少女の泣き声があがった。ジャンに体をもたせかけて、しがみつくように泣いていた。
「ど、どうしたの?」
ウーナがあわてて少女の肩に手を置いた。
「何か、気に障ったのかな?」
フォルトもびっくりしたが、なぜ泣き出してしまったのかわからなかった。
「よしよし、泣かないのよ?」
ウーナがやさしく背中をさすってやっても、少女は泣き止まなかった。
それどころか、かえって泣きじゃくりだしてしまった。
「クゥーン。」
ジャンも不安そうに鳴いた。
「どうしたんだろう、あの子。」
マイルは首をかしげてアヴィンを見た。
「あまり大声が上がるとまずいよね。」
「そうだな。」
アヴィンはうなづいた。
「フォルト!」
アヴィンは少女の廻りでおろおろしているフォルトを呼んだ。
「はい?」
「見張り、代わってくれ。」
そう言って、アヴィンはすたすたと少女のほうへ歩いていった。
フォルトはアヴィンの代わりにマイルの隣に立ったが、顔はアヴィンの方を向いたままだった。
アヴィンは一生懸命なだめようとしているウーナを下がらせた。
膝をつき、少女と目線を合わせて、アヴィンは話し掛けた。
「どうしたの?」
ジャンに顔をうずめていた少女が、しゃくりあげながらアヴィンを見た。
やわらかな銀色の前髪がくしゃくしゃになっていた。きれいに透き通った青い瞳が、大粒の涙をこぼした。
アヴィンは少女の髪を撫でてやり、少女に警戒心がないことを確認してから、両手を脇に差し入れて、抱き上げた。
「ほうら、高いぞぅ。」
両手を高く上げる。少女は目を丸くした。きょろきょろとあたりを見た。
アヴィンは自分の目線まで腕を下ろして、少女を見つめた。びっくりして、涙が止まっている。
「もう一回かな?」
アヴィンが聞くと、少女はわずかにはにかんだ。
再び高く持ち上げられた少女は、もう泣いていなかった。
キラキラした瞳で、新しい視線から自分の小屋や、ジャンや、ウーナたちを見つけて笑っていた。
アヴィンは少女と見つめ合い、笑い合った。少女がアヴィンの方に手を伸ばした。
アヴィンは少女の身体を抱き直した。落とさないように、しっかりと。少女はアヴィンの首にぎゅっと抱きついた。

本当に親バカな顔をしているような気が・・・

「・・・アヴィンさんに、あんな事が出来るなんて。」
フォルトが信じられない物を見ているように言った。
「私たち、泣き止ませる事も出来なかったのに。・・・あの子、笑ってる。」
ウーナもフォルトのそばへやって来て言った。二人のつぶやきを聞いて、マイルが言った。
「そりゃ、まあ、アヴィンは現役だしね・・・。」
「え?」
「現役って?」
二人はほとんど同時に言った。
「それって、もしかして・・・。」
「もしかしたら・・・アヴィンさんって。」
二人は顔を見合わせ、一緒にマイルに聞いた。
「アヴィンさんって、子供がいるんですか!?」
「あ・・・、うん、まあね。」
二人の勢いにたじたじとしながらマイルは答えた。
この子たちの好奇心にあったら、何を言わされるかわからなかった。
「わあ~。どっち、男の子?女の子?」
「幾つなの、その子?」
「こら、フォルト。見張りをちゃんとしてなきゃダメだろ。」
いつの間にか、アヴィンが二人の側に来ていた。
「マイルも余計なこと言わなくていいから。」
「ごめん、つい。」
「あ、眠っちゃってる。」
フォルトがアヴィンの抱いている少女を見て言った。
「眠たかったのかしら?」
「きっと楽しすぎて、興奮して寝付けなかったんだよ。」
「そんなとこだよ。しばらく眠るだろ。」
アヴィンは確信を持ってそう言った。
「フォルト、もう少し見張っててくれよ。」
「うん!」
アヴィンは少女を抱いたまま小屋に入っていった。

「おや、珍しい。」
テーブルの向こうにいた老人が、アヴィンに抱かれている少女を見て言った。
「その子が私以外の人の前で休むなど、今までになかったことですよ。」
そう言われて、悪い気などするはずもない。
「このところ、昼寝もしなくなっていたからね。ちょっと仕度をしよう。」
そう言って老人はゆっくり奥の部屋に入っていった。
アヴィンは、いとおしそうに少女を抱いて、仕度の出来るのを待つつもりだった。

「アヴィンさん、見張りは誰が?」
そのとき、テーブルに残っていたミッシェルが聞いた。アヴィンは一瞬はっとした。
そこにミッシェルもいることを失念していた。
「フォルトに頼んだ。」
久しぶりに小さな命を胸に抱き、自然と笑みのこぼれてしまう顔を何とか引き締めようとしながら、アヴィンは答えた。
「心もとないですね。フォルト君には申し訳ないですが。私が代わりましょう。あなたは見張りに戻ってくれますか?」
ミッシェルは立ち上がってそう言った。
アヴィン達のリーダーはミッシェルである。もうしばらくこうしていたいとは言えなかった。
アヴィンは名残惜しそうに少女をミッシェルに渡し、自分の首にしがみついた少女の腕をそっとほどいた。
「おっと。なかなか、重いのですね。」
少女を受け取ったミッシェルが言った。
「もっとこう、ふわふわとしているのかと思っていました。」
おっかなびっくりといった様子のミッシェルに、体を支える位置を教えてやる。
抱き手が変わっても、少女は目覚めなかった。
「ミッシェルさんもさまになってるよ。」
小屋から出掛けにアヴィンが言った。
「何がです?」
ミッシェルが聞いた。小屋の入り口から、フォルトたちが中を覗いていた。
「ミッシェルさんも現役になれるって!」
小屋の入り口で笑い声が上がった。
「何のことですか、一体。」
つぶやきながら、ミッシェルも顔をほころばせていた。腕の中の少女は、安心しきって眠りについていた。

2000.10.11


・タイトル、本当は少女じゃなくて幼女が正しいと思う。でも、語呂が悪いのと、印象がもっと悪いのとで却下。
・ミッシェルさんがアヴィンと銀髪ちゃんを見たときの顔、 きっと引きつっていたと思う。
ちょっと会話にとげがあるのがその証拠(笑)。
・アヴィンに子供が生まれていたとしたら、銀髪ちゃんと同じくらいの年かな?と気付いたのがきっかけです。
しかし、こんなに可愛がってしまうとは、書いている本人があきれています。
最初は対等にミッシェルさんにも 抱っこさせてあげようかなんていう考えもあったのですが、一人で十分。
それにやっぱりミッシェルさんには お父さんではなくて、王子様をしていただきたいですし。

おっかなびっくりのミッシェルさん。

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4歳ともなれば重いです。
赤ちゃんみたいには抱っこ出来ません。
腕だけで抱こうとすると、落っことしますよ、
ミッシェルさん!!

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