Fanfiction 二次創作|Junkkits

カヴァロ解放

day10-1

「兵隊さん、一曲いかが?」
市庁舎と水路を隔てた広場の一画で、シャオとレイチェルは今日も店開きしていた。
非番になって市庁舎から出てくる兵士に、片っ端から声を掛ける。
朝食が終わり、そろそろ暇を持て余して余興を求めてくる頃合いだった。
「歌より踊りが見たいな。踊れよ、べっぴんさん。」
「ふふ、いいわよ。」
レイチェルは得意にしているダンスを披露した。
大胆な足さばきが男所帯の兵士たちに与える刺激も、十分に考慮している。
「いいぞ、姉ちゃん!」
息を弾ませて深々と頭を垂れたときには、二人の周りを幾人もの兵士が取り巻いていた。
さらには兵士に近寄るのを避けてか、遠巻きに見ている市民たちもいた。
そして。

「こんな所で興行しているのね。」
ウェンディが、レイチェルを見つけて、人垣を抜けて近付いてきた。
ファン対策なのか、頭にすっぽりとスカーフをかぶっていた。
「おはよう、ウェンディ。」
レイチェルは明るく声を掛けた。
「あっ、酒場の歌い手さんじゃないか!」
ウェンディに気付いた兵士たちが騒ぎはじめた。
「あんたも歌うのかい?」
期待のこもった目がいくつもウェンディを見つめた。
「ごめんなさい、私は…。」
そう言いかけて、ウェンディはふっと黙り込んだ。
「……。」
「どうしたの?ウェンディ。」
レイチェルがウェンディを覗き込んだ。
「私はプロの歌手だから、仕事でない場所で歌うべきではないのよ。でも…。」
ウェンディの目は、自分を取り巻いたヌメロス兵の上を流れるようにすべっていく。
「今、とても歌いたいの。」
「え?」
レイチェルが顔をしかめた。
ウェンディが一歩前へ出た。頭に巻いたスカーフをゆっくりとはずす。大きなリボンで結わえた、豊かな髪が広がった。
「私が歌ったら、聞いてくださる?」
ウェンディは目の前の兵士たちに尋ねた。
「おおっ、歌ってくれるのかい?!」
兵隊たちが騒ぎ出した。
「ち、ちょっとウェンディ!貴女なんかがこんな所で歌ったら大騒ぎになるじゃない!」
レイチェルが止めようとしたが、ウェンディは耳を貸さなかった。
「シャオさん、お願いします。伴奏をしていただきたいの。」
アコーディオンを抱えたシャオに頭を下げる。
「『野イチゴ摘み』なら覚えているよ~ん。」
シャオは娘を無視して答えた。
「父さんっ!」
レイチェルの静止も聞かず、シャオはウェンディのヒット曲を演奏し始めた。
「レイチェル、良かったら一緒に歌って!」
ウェンディが楽しそうに笑みを浮かべて言った。
「もお…知らないわよ。」
レイチェルは腹を決めた。ウェンディとリズムを合わせ、唱和した。
「あれまあ、ウェンディがあんなところで歌ってるよ!」
「珍しいねえ。」
遠巻きにしていた市民たちが、歌声に誘われて近くへ寄って来た。
ヌメロスもカヴァロもなかった。皆が同じように耳を傾けてくれていた。
ウェンディはレイチェルににっこりと笑い掛けた。
レイチェルも笑った。
返事の代わりにお得意のウインクをウェンディに、客たちに、投げた。


「こらぁ、何やってやがる!」
突然、市庁舎から兵士が一人飛び出して来た。
「お前、見張りの時間だろうが! 定位置を離れるんじゃねえ!」
「あ、あああ、すいませんワリスさん。悪かった、ちょっと歌を聴きたかっただけなんだ。そんなに怒らんで…。」
最後列から覗き込んでいた兵士が、あわてて鎧をガチャガチャ言わせて橋の見張りに戻っていった。市民たちはあっという間に逃げるように走り去った。
非番の兵士たちは、気まずそうにたたずんでいた。
「あーあ、そんなにカリカリしなくたっていいじゃないの。」
無償公演になっちゃったじゃないと憤慨してレイチェルが言った。
「何だと!」
ワリスの顔付きが豹変した。
「生意気なんだよお前ら!占領されているってのに、食い物はある、酒もある。歌なんざ歌ってやがる!むしゃくしゃするぜ。お前らには自由はないんだ。覚えとけ!」
ワリスはレイチェルたちに啖呵をきった。
「カヴァロの人たちは自由を捨てたりしませんわ!」
ウェンディが言い返した。
「やめなさいよ、ウェンディ!こんな人相手にしちゃダメよ。」
レイチェルはウェンディの腕を引っ張った。。
街角で公演する旅芸人のレイチェルたちは、性質の悪い観客や酔っ払いをあしらう術も知っている。しかし、大きな劇場で舞台の上に立つだけのウェンディは、そんな事は知らないだろう。
しかも相手の兵士はすこぶる危険な感じがした。

「先日の公演の後のパーティで、私をさげすんだのは貴方でしたわね。」
ウェンディはワリスを真っ直ぐ見て言った。
顔色は青ざめていたが、ウェンディは相手を恐れてはいなかった。
「人を傷つけても、命令をきかせても、貴方にはどうにも出来ない。カヴァロの自由は、決してあなたたちには奪えませんわ。」
「何だとう…。」
ワリスが低い声でうめいた。
頭に血が上って、顔がどす黒く染まった。
ギラギラと光る目がウェンディを睨みつけた。
そして、あっと叫ぶ間もなく、ワリスはウェンディの片腕を掴んでいた。
「お前のどこに自由があるってんだ。」
「ここに、心の中にありますわ。」
ウェンディは自由な片手を自分の胸に当てて言った。
「力で押し込めようとしても、効きはしません。私はいつだって、私の街やヌメロスの兵士さんのために歌います。」
「ええい、畜生っ!」
ワリスが叫んだ。
「いた、痛いっ。何をするの!?」
ウェンディが叫んだ。
ワリスはウェンディの腕を引っ張って、拘束しようとしていた。
「ちょっと、やめなさいよ!」
レイチェルがワリスに迫った。右手が無意識に、ナイフを収めた大腿部に延びた。
「お前は危険人物だ。一緒に来い!」
「娘さんに乱暴はいけないよ~ん。」
いつの間にかワリスの後ろに回っていたシャオが、ハンマーを振り上げてワリスに迫った。
「へ、こんなんが乱暴のうちに入るかよ。」
ワリスはシャオの一撃をかわし、逆にシャオ目掛けて蹴りをお見舞いした。
「むぎゅぅ。」
シャオはあっけなくひっくり返った。
「と、父さん!」
レイチェルはひるんだ。
この兵士、実力もあるようだった。
「おまえら、その二人も連れて来い!」
ワリスは周りにいる非番の兵士たちに命じると、ウェンディを市庁舎へ引っ立てた。
「どうなさるおつもり?」
ウェンディは腕の痛みに顔をしかめながらワリスに聞いた。
「お前は危険人物だ。市庁舎に拘束する。」
「そんな事、貴方に決められますの?それとも、ゼノン司令に会わせてくださるのかしら?」
ウェンディが聞くと、ワリスは歯噛みした。
「身の程を知らない娘だな。会わせてやろうじゃないか。危険分子として、ゼノン司令に裁かれてしまえ!」

「ウェンディ!!」
「いいの、レイチェル。」
ウェンディは後ろを振り返って言った。
「望むところですもの。ゼノン司令に私の気持ちをぶつけてみますわ。」
「何を馬鹿な事を言ってるのよ!ええい、あんたたち邪魔だったら!」
レイチェルは自分を捕らえようとして迫ってくる非番兵を片っ端から倒していった。
シャオも起き上がり、捕まるまいと暴れた。
だが、ワリスに活を入れられた兵士たちは必死の様子で、二人は彼らを片付けるのに手間取ってしまった。
その間にウェンディとワリスの姿は、市庁舎の建物へと消えた。
レイチェルはやっと非番兵を片付けると、茫然と橋に立ち塞がっている兵士の横をすり抜けようとした。
「行っちゃダメだよ!」
今にも市庁舎へ駆け込もうとしたレイチェルを、シャオが止めた。
「だって、ウェンディが!」
「あの娘は大丈夫だよ~ん。それよりこのことをメリトスさんに知らせるだよ。わしは隠れて様子を伺っているから、レイチェルが味方を連れてくるだよ。」
口調はいつもと変わらないが、シャオの目はひどく真剣だった。
「う、うん、わかった。父さん、何かあったら中へ飛び込んでよ!」
レイチェルは市庁舎を不安そうな面持ちで一瞥すると、くるっと背中を向けて国際劇場へ駆け出した。


面会を求めることもせず、「急いでいるの!」の一言で国際劇場の二階へ駆け上がったレイチェルは、メリトスに事の次第を話した。
「レイチェル、どうして止めてくれなかったの?!」
メリトス女史の顔は蒼白になっていた。
「あの娘に何かあったら…ああ、こうしてはいられないわ!」
「メリトスさん、早まってはいけません!」
デミール市長の秘書官が、飛び出しかけたメリトス女史を押さえつけた。
「ああ、どうしましょう、ウェンディが!! こんな事ならもっとあの娘の言い分をしっかり聞いてやるのだったわ。こんな、行動に出るなんて、あの娘・・・。」
メリトス女史はこめかみを押さえて悔しがった。
「由々しき事態だ。早急に解放してくれるよう要請しなければならないね。」
デミール市長が言った。
「お願いします、市長さん!ウェンディを助けてください!」
レイチェルも必死に頼んだ。
「出来るだけの事をしよう。アヴィン君とマイル君を呼んでおくれ。ゼノン司令に手紙を書くよ。」
「はい、呼んでまいります。」
秘書官が口早に答えた。

「市長さん、レイチェル、一体どうしたんだ?」
「何だか広場の方がおかしいですよ。ざわついていて…。」
市長室に呼ばれたアヴィンとマイルは、異様な雰囲気に言葉を飲んだ。
「緊急事態だ。ウェンディが市庁舎に捕らわれてしまったらしい。」
デミール市長が言った。
「ええっ!」
アヴィンとマイルは顔を見合わせた。
「本当なのか、レイチェル?」
アヴィンが聞くと、レイチェルは唇をかみ締めてうなづいた。
「私たちが歌っているところへ来て、一緒に歌っていたの。そこへヌメロスの兵士が絡んできて…。」
「言い合いになったのかい?」
マイルが尋ねた。
「とてもやばそうな兵士だったから、相手にするなって言ったんだけど。ウェンディはゼノン司令に直談判するって言って、付いて行っちゃったのよ。」
「やばそうな兵士…アヴィン、それってきっとワリスって奴だ。」
マイルがアヴィンを見た。
「…だな。争いごとの火種になりそうな奴だったし。」
「知ってるの?」
レイチェルが驚いて聞いた。
「俺も絡まれたんだ。他にもいざこざを起こしているよ。心配だな。」
「市長、私も自分のつてを通じてヌメロスに交渉してみますわ。」
メリトス女史は青ざめた顔でそう言うと、部屋を出て行った。
「メリトスさん、短気は禁物ですぞ!」
後ろ姿に向かってデミール市長が叫んだ。
メリトス女史は振り返って微笑んだ。
「あの娘の命が最優先ですわ。」

「どうするんですか、市長さん。」
マイルが尋ねた。
「ゼノン司令宛に手紙を書くから、持っていって返事を、いや、ウェンディを連れ帰ってくれないか。今聞いた話では、その兵士の独断のようだし、ウェンディが悪い事をしたとも思えないからね。誤解を解いて、解放してもらって欲しいんだ。」
「わかりました。」
「市民が浮き足立たなければ良いが…。明日は大事な日だというのにね。」
デミール市長は苦悩の刻まれた顔を二人に向けた。


「貴方、私を捕らえてどうするおつもりですの?」
ワリスに引っ張られながら、ウェンディは相手を睨みつけて聞いた。
「さっき言っただろ。危険分子としてゼノン司令にご判断を仰ぐのさ。」
「そう。」
ウェンディはつんと澄まして言った。
だが、少し注意して見ればその唇が真っ青になっていることも、手足ががくがくと震えていることも気が付いただろう。
『勢い込んで、入って来てしまったけれど…。』
ウェンディは孤立無援の状況に気が付いて、心の底から震えていたのだった。
ワリスに追い立てられるようにして、ウェンディは元の市長室の前へ立たされた。
部屋の入口に、ゼノン司令直属の兵士が立っていた。
「何だ?」
ぞんざいな口調でワリスを見下ろす。
「この娘が市庁舎前でうちの兵士たちをたぶらかしていたんです。」
あまりの言い様に、ウェンディがかっとなって言った。
「私がいつ貴方のお仲間をたぶらかせまして? 兵士さん、カヴァロの歌姫ウェンディがゼノン司令にお会いしたいと伝えてくださいな。」
ウェンディは見張りの兵士に言った。
「ワリス、この娘は一体なんだ?」
迷惑そうに見張り兵が聞いた。
「だから、うちの兵士たちを煽動しようとしたんで…。拘束して良いかどうか、ゼノン司令にお伺いを…。」
「今、司令はお忙しいんだぞ。」
「でも、もう連れて来ちまったんで…。」
ワリスは上目づかいに見張り兵を見た。
「一言お伝えしてもらえませんか?お礼は必ずしますんで。」
ワリスがそう言うと、見張り兵の口元がゆるんだ。
「そうか、必ずだぞ。」
念を押してから、見張り兵は執務室に向かって怒鳴った。
「司令、ワリス小隊長より報告。カヴァロの歌姫と自称する娘が会見を申し込んでおります!」

ワリスと共に執務室に通されたウェンディは、いよいよ身体の震えが大きくなっていた。歯がガチガチ鳴ってしまうのが、部屋中に響き渡っているような錯覚がした。
ゼノン司令は、ワリスの後ろにいたウェンディを一目見るなり言った。
「歌姫というからもしやと思ったが、アリアではないではないか!こんな小娘に用はないぞ。」
その言葉に、ウェンディはかっとなって言った。
「あなたに用がなくても、私にはありますわ。何故カヴァロを占領するのですか!?」
「…歌手は歌っておればいいのだ。」
ゼノン司令は取り合わなかった。
「まつりごとなど気にせず、日々楽しく歌っておればよいのだ。去れ。」
「しかし、この娘、我々をたぶらかそうと歌を歌って…。放置しておくと為になりません。どうか、拘束のお許しを。」
ワリスが顔を引きつらせて上申する。
「そんな小物に構っている間はないわ。さっさと放り出せ。」
ゼノン司令は二人に目もくれないで言った。
「…わかりました。」
苦虫をつぶしたような顔をしてワリスが引き下がった。
ウェンディは唇を噛んでゼノン司令を睨みつけた。
ゼノン司令の執務机の上には、持ち運び用の箱に収めた書類が無造作に乗っていた。
ヴェルトルーナの各地を興行しているウェンディにはなじみの深い携帯用の物入れだった。何気なく壁を見ると、厚手の長いマントが掛けてあった。
『旅装?ゼノン司令はどこかへ出掛けるのかしら。』
「おい、さっさと来い!」
ワリスがウェンディに怒鳴った。
「ええい、うるさいぞ!」
ワリスを叱り飛ばしたゼノン司令は、壁際をじっと見つめているウェンディを見つけた。
その顔付きが、ただの苛立ちから深く疑り深いものへと変化した。
ワリスにつつかれてウェンディが部屋を出ようとした。
「待て。」
低い押し殺したような声がワリスとウェンディを呼び止めた。
「は、はい!」
ワリスはビクッとして振り返った。
「娘、見たな?」
ゼノン司令はウェンディを睨みつけた。
「え? あ!…あの。」
ウェンディはふるふると首を振った。
足がすくみ、心臓を捕まれたように息苦しくなった。
ゼノン司令は改めてワリスに命じた。
「その娘を返すな!明日の作戦が終わるまで、どこかへ閉じ込めておけ!」
「はいっ、了解しましたっ!」
ワリスが得意満面になった。
「さあ、来やがれ!」
つっけんどんにウェンディを引っ張って部屋を出る。
「何をするの。いや、離して!」
ウェンディは必死に抵抗した。
だが、所詮腕力で敵うものではなかった。
ウェンディは見張りを付けられて、市庁舎の一番奥まった資料室に閉じ込められた。

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