「ここが僕らのいた道場だよ。」
オルドスのシャリネから少し離れたところで、ミッシェルは足を止めた。塀を巡らせた敷地の中に、簡素な建物が立っていた。数人の男が話をしているのが見えた。
そのうちに、男のひとりが中をのぞいているミッシェルたちに気づいた。
「ミッシェルじゃないか。おまえ、こんな所で何してるんだ。」
顔を見るなり、兄弟子が言った。
「ラグピック村の成人の儀式に加えてもらったんです。こちらのジャックと一緒に、ティラスイールを一巡りするんです。先程、オルドスのシャリネを巡礼してきました。」
「ほお、魔女の巡礼か。ラファエロ様はお元気か?」
「ええ…。お力は少しづつ弱まっていらっしゃるのですが、ご自分のことは自分でなさっておいでですよ。」
「お前がそんな風に遊び歩いていたんじゃ、ご自分で身の回りのことをするしかないだろうよ。」
『そんな…』
いきなりのきつい言葉に、ミッシェルは言葉を失った。
「あんた、そんな言い方はないだろっ。」
後ろで聞いていたジャックがかみついた。
「ミッシェルは辞退したんだ。でもラファエロ様が二度とない機会だからって、巡礼に出してくれたんだよ。それにな、ラグピック村の巡礼は立派な成人の儀式だ。物見遊山じゃねえ。」
「よしなよ。お側付きになれなかったからって、ミッシェルにあたっても仕方ないだろう。」
他の弟子たちが聞きつけて寄ってきた。
「まったく、こんな子供がどうして選ばれたんだか。」
「タグは回復魔法を使わせたら誰もかなわなかった。あいつのことは納得できる。でもお前は、攻撃魔法しか使えなかったし、魔法の力も俺たちと大差ない。」
数人の男が、ミッシェルの実力をあげつらった。
『ここにくるべきではなかった。』
ミッシェルはつい懐かしさに負けてしまった自分を悔やんだ。
「ラファエロ様がお決めになったことです。私はたいへん名誉あることと受け止めて、日々の修行に励んでいます。それではいけませんか?」
ミッシェルは兄弟子たちに向かって言った。
「ラファエロ様はなぜお前なのか、教えてくださらなかった。」
「どうしてお前が選ばれたんだ?」
「俺たちは、今のままでは納得出来ん。」
「それは、私にも…」
ミッシェルは口ごもった。ラファエロ様は舞空術を教えるために隠居したと教えてくれたが、そんな事をこの兄弟子たちに言ったら、かえって騒ぎを大きくするだけだ。何を言われても、ここは白を切り通すだけだ。
そのとき、押し黙ったミッシェルの前に、ジャックが立ちはだかった。
「あんたら、ひどい事言うじゃないか。ミッシェルがすごい魔法使いだからに決まってるだろ。今だって、空を飛ぶ術を習ってるんだぞ。」
「ジャック、その事は!」
あわてて止めたが、遅かった。周りの空気が一変した。
「な、なんだよ。みんな恐い顔して、どうしちゃったんだよ。」
ジャックがうろたえた。
「本当か、ミッシェル。」
「お前にそんな事が出来るのか?」
兄弟子たちがミッシェルに詰め寄った。ミッシェルは覚悟を決めた。
「出来ます。」
ミッシェルはジャックの前に進み出た。自分を取り囲む兄弟子たちを、正面から見据えた。 兄弟子たちが、たじろぐのがわかった。ミッシェルは振り向くと、肩の荷物を降ろしてジャックに預けた。
「ジャック、持っていてくれますか?」
「すまねえ、ミッシェル。俺、まずいこと言っちまったな。」
ミッシェルは首を横に振った。
「気にしないで。いつかは通る道です。」
「でも、まだ成功していないんだろ?」
ジャックが小さな声ですまなさそうに言った。ミッシェルはにこりと笑った。大丈夫と言っているようだった。

「ミッシェル、お前杖はどうしたんだ?」
荷物を預け、手ぶらで戻ったミッシェルを見て、兄弟子が聞いた。
「無くしました。」
抑揚なくミッシェルは答えた。後ろでジャックがすまなさそうにしているのがわかった。
「杖の力を借りずに、そんな大技が決まるのか?」
誰かが言った。
「……」
ミッシェルは答えなかった。無言の怒りが瞳に宿っていた。その場に沈黙が落ちた。
ミッシェルはわずかに両手を広げ、目を閉じた。 皆がここまで舞空術を欲しがっていたとは気付かなかった。選ばれなかった悔しさは理解出来る。 しかし、それをあからさまに口にして、人を傷つけるのが、共に修行してきた兄弟子たちの真の姿だというのが情けなかった。
『ここはもう、僕の帰るところではないんだ。僕のふるさとは…帰りたいところは…』
青い空、澄んだ空気。 大地に抱かれて、暮らす日々。 ラグピック村の草原が脳裏に浮かんできた。ミッシェルはささやいた。
『大地よ。私の束縛を解いておくれ。風よ、大気よ。私を支えておくれ。』
身体のまわりがふわりと暖かくなった。
「ああっ!」
ミッシェルを取り巻いていた兄弟子たちから、感嘆の声があがった。
「浮いたぞ!」
「空中に浮かんでいるぞ!」
ミッシェルはゆっくり目を開いた。
『浮いている…』
足元、ちょうど膝の高さくらいに、目を見張る兄弟子たちの顔があった。どの顔も、驚きと感心とが混ざり合っている。ミッシェルは空に浮いたまま、ゆっくり一回りした。兄弟子たちの後ろで、目をきらきらさせて喜んでいるジャックの姿が見えた。ミッシェルはジャックに笑い掛け、そっと地面に降り立った。
「やった、ミッシェル!!」
人を掻き分けてジャックがミッシェルに飛びついた。続いて、兄弟子たちが口々に声を掛けてきた。
「すごいじゃないか、ミッシェル。まったく別人だぜ。」
「疑って悪かった。許してくれ。」
最初に突っかかってきた兄弟子が、ミッシェルの手を取って頭を下げた。
「すまなかった。君の実力はすごい。認めるよ。俺の暴言を許してくれ。」
ミッシェルはうなずいた。
「その言葉を聞いて安心しました。私もまだまだ修行の身です。皆さんと手を携えてやって行けたら嬉しいです。」
そのあとはもう、もみくちゃだった。

次の朝。 まもなく夜が明けるという早朝に、ミッシェルとジャックは旅立った。 数人の兄弟子だけが、二人を見送った。 舞空術を見たあとの歓待は、大変熱気にあふれていたが、ミッシェルはとても疲れていて休みたかった。ジャックの方は、ミッシェルから、成功したのは初めてだということを決して明かさないように言い渡されていて、これもあまりおしゃべりに夢中になれなかった。 そんなわけで二人は早々と眠りについたのだが、もたもたしていたら、今日もここでつかまってしまうと考えて、暗いうちから出立の支度をしていたのだった。
「ラファエロ様を頼むぞ、ミッシェル。」
「またこちらの方へ来たら寄ってくれ。」
「ありがとう。」
ミッシェルは兄弟子たちと握手した。

「さあ、帰り道だ。行こうぜミッシェル。」
ジャックが早くも街道を歩きながら言った。ミッシェルも小走りに後を追った。一度だけ、ミッシェルは振り返った。もう兄弟子たちの姿はなかった。遠い門構えに、もう未練はなかった。
『僕のふるさとは、ラグピック村だ。』
ミッシェルは心の中でつぶやいた。そう思えることが、心の底から嬉しかった。


半年くらい前に書いたものです。このあたりは全く決まった設定がないので、こじつけの山。ティラスイールに、魔法をたしなむ者が共存していく場というのが、細々とあったのではないかと考えました。ミッシェルは、まあ、疎まれてそこに引き取られた子供の一人。ラグピックは師匠さんの隠居の場。ジャックというのは、正当な巡礼の資格を持った子です。名前はスレイドさんにもらいました。
でも、出来ればミッシェルさんには小さい頃から空を飛んで欲しい。そういう思いと、これを家人に見せたら評価がさんざんだったので、続きを書くことなくお蔵になっていたのでした。ちなみに「真実の島」は見せていません。(笑)