Fanfiction 二次創作|Junkkits

帰るところ

-2-

ティータとレンは、ラッセル博士と二つ三つ示し合わせてから夕食に向かった。
レンに両親がいないことは先にラッセル博士が伝えていたので、夕食の席は他愛のない流行ごとなどの話題に終始した。
「レンちゃん、今日は泊まっていってね。」
片付けが始まる頃、ティータの母が言った。
「あなたみたいにおしとやかな子がティータのお友だちになってくれて嬉しいわ。ティータも見習ってくれると良いんだけど。」
「えー、ひどいなぁ、それ。」
ティータが頬を膨らませて抗議した。
正面でそれを見たレンは、クスッと小さく笑った。
「ティータは元気なのが一番だと思うわ。」
「だよね。レンちゃんもそう思うよね。」
ティータが味方を得たとばかりに胸の前で手を合わせた。
「だって、おしとやかにしていたら、元気が有り余って爆発しちゃうじゃない。」
冷静な観察の結果なのか、レンは表情ひとつ変えずに言った。
「うう…、レンちゃんのバカあ。」
再びふくれっ面になったティータに、両親もラッセル博士も笑った。
当のレンだけが、ティータのめまぐるしく変わる様子にきょとんとしていたのだった。

入浴を済ませた二人は、寝室へ上がる前に大人たちにお休みの挨拶をした。
ティータのパジャマを借りたレンは、少し緊張気味に普通の女の子を演じた。
「おじさん、おばさん、今日は泊めてくれてありがとう。お休みなさい。」
「ああ。ゴタゴタした家だけど、ゆっくり休むんだよ。」
言葉数は少ないが、やさしい表情をしたティータの父親がレンに頷き掛けた。
「お父さん、お母さん、お休みなさい。」
「お休みティータ。レンちゃんもね。」
ティータの母親が笑顔で返した。

ベッドに並んで横になり、なんとなく話のきっかけが掴めなくて黙っていた二人だったが、そのうちに、レンがわざとらしく大きなため息をついた。
「普通の子供って疲れるわ。」
それを聞いて、ティータは思わず吹き出してしまった。
「そうかなあ。」
「そうよ。」
レンは頭を回してティータを見た。
「明日、ラッセル博士がいいお返事をくれたら、パテル=マテルのところへ行くのよ。きっとパテル=マテルも喜ぶわ。」
「うん!……あ、あれ、レンちゃん。パテル=マテルは、今どこにいるの?」
ティータがふと気付いて尋ねた。
「ふふ。紅蓮の塔の屋上よ。安全な隠れ家でしょ。」
レンが自信たっぷりに言った。
「紅蓮のっ……あ、あそこに登るのぉ?」
ティータは以前の記憶を甦らせて悲鳴にも似た声を上げた。
エステルやアガットと苦心惨憺して屋上に駆けつけたのは、遠い昔のことではなかった。
「レンがいるから大丈夫よ。ちっとも心配いらないわ。」
ほんの一瞬、執行者らしい底の知れない凄味を見せたレンは、次の瞬間にはくすっと笑ってティータの腕を取っていた。
「エステルと泊まった時もそうだったけど、一緒にいるって温かいのね。」
ティータも笑顔になった。
「うん。あたし、エステルお姉ちゃんみたいな姉妹がいたらいいな~って思ったけど、妹でも良いな。」
「あら、レンが妹なの?」
レンが口を尖らせた。
「レンちゃん11歳でしょ? あたしの方がひとつ年上だよ。」
「でも、レンの方がティータを守ってあげられるわよ。」
「そういうのと年齢は関係ないよう。」
ティータが音を上げると、レンはクックッと笑った。
「明日が楽しみね。それじゃ、お休みなさい。」

次の朝、早めに目を覚ましたレンは、自分の服を探して階下に降りた。
しかし脱衣場にレンのドレスは見当たらず、当惑したレンは物音のする台所へ向かった。
ティータの母親が朝食を作っているところだった。
「あの……レンのお洋服を知らない?」
忙しそうにしている後ろ姿に、遠慮がちに話し掛ける。
「あらレンちゃんおはよう。早起きね。」
ティータの母はエプロンで手を拭きながらレンに向き直った。
「レンちゃんの服、大分汚れていたからお洗濯したわ。今日はティータの物で我慢してちょうだい。ピクニックから戻る頃には乾くと思うわ。」
そういえば、洗濯機を回す音がしていた。
ティータの母に見えないように小さくため息をついたレンは、ふと顔を上げた。
「え、ピクニック?」
「ええ。うちのおじいちゃんが、あなたとティータをトラット草原へ連れていくそうよ。良いお天気だからきっと気持ちいいわ。」
ティータの母は機嫌良さそうに言った。
人を疑うことを知らない人ねとレンは心の中でつぶやいた。
「おお、レンは早起きじゃのう。」
ちょうどそこへ、ラッセル博士が顔を出した。
「あ、おはよう…ございます、ラッセル博士。」
「今日は良いところへ連れて行ってやるからのう。広い草原に池もあってな、釣りも出来る。」
「レンはお魚なんか釣らないわ。」
「いやいや、やってみると楽しいもんじゃ。さあ、ティータを起こして着替えてきなさい。わしは行くと決めたんじゃ。」
そう言って、ラッセル博士はレンに目配せした。
「わかったわ。ティータを起こしてくるわね。」

三人はトラット平原へピクニックに行くという口実で家を出た。
ティータとレンはTシャツにショートオールというお揃いの出で立ちだった。
レンが履いているのはストレガーG。
エステルたちとの旅の記念にティータが持ち帰った物だった。
ティータは愛用の導力砲と工具箱を、レンがお弁当の入ったバスケットを抱えていた。
最初、バスケットをティータに渡そうとした母親は、彼女の両手が小さな導力砲と工具箱でふさがっているのを見て嘆息した。
「ピクニックに行くのに、どうしてそんな物を持っていくの。」
理解出来ない、という顔で母親に睨まれたティータは、ペロッと舌を出した。
「だって、まだ魔獣が出るかも知れないよ。これがあればやっつけられるし、調整もすぐに出来る。おじいちゃんやレンちゃんを、あたしが守ってあげるの。」
「この頃魔獣はおとなしくなったから、心配ないと思うけど…。機械いじりなんかしないで、レンちゃんと遊んであげるのよ、いい?」
主張を曲げないティータに折れて、母親は念を押した。
「は~い。」
ティータは笑顔で答えた。
「それじゃレンちゃん、お弁当を持っていってくれる?」
差し出されたバスケットを、レンもとびきりの笑顔を作って受け取った。
「わぁ、どうもありがとう。」
「じゃ、いってきまーす。」
ティータとレンは明るく笑って家を飛び出したのだった。

レンの先導で、ティータとラッセル博士は魔獣と戦うこともなく紅蓮の塔の屋上に着いた。
「やれやれ、やっと着いたわい。」
一息付ける場所を探すラッセル博士を尻目に、レンとティータは屋上のほぼ中央に立ちつくしているパテル=マテルに駆け寄った。
「パテル=マテル、助っ人を呼んできたわ。すぐに直るわよ。」
レンはまるで人に話し掛けるように、パテル=マテルに言葉を掛けた。
主の帰還を識別したのか、パテル=マテルはレンのいる方へ向き直った。
その動きが、戦いの最中に見たものより随分ぎこちなくなっているのにティータは気付いた。
ティータはラッセル博士を振り返った。
博士もパテル=マテルの動きを観察している。
二人の視線に気付いたレンは、パテル=マテルに命令をした。
「パテル=マテル、歩いて。」
命令を受け、巨大な人形兵器は塔の屋上で様々な動作をして見せたのだった。

「ふむ、大体のところはわかってきたのう。レン、もう良いぞ。」
充分に観察してから、ラッセル博士はレンに声を掛けた。
パテル=マテルの手のひらに乗っていたレンは、頷くとパテル=マテルに言った。
「降りるわ。」
片腕が地面近くへ降ろされるのを待って、レンは身軽に飛び降り、小走りにラッセル博士に駆け寄った。
パテル=マテルの移動の邪魔にならないようティータも博士の隣に座っていたが、今は正面に工具箱を開き、どっかりと腰を下ろして準備に余念がない。
「直るかしら。」
レンは単刀直入に聞いた。
「多分、通常のメンテナンスが行われないことによるものじゃろう。潤滑油の補充をしてみるでな。」
「良かったね、レンちゃん。」
ティータが笑顔で言った。
「………。」
レンは押し黙って二人を見る。
その様子に気付いてラッセル博士が口を開いた。
「なんじゃ、物足りんと言わんばかりじゃの。」
「パテル=マテルを触らないの? 調べないの? 見ただけでちゃんと直るの? ごまかしなんか要らないわ。」
レンの口調に暗い影がまといついた。
「確かに隅々まで調査しなければ、本当のところはわからんかもしれん。何か別の原因が隠れている可能性もある。」
ラッセル博士は言った。
「じゃが、昨日も言ったとおり、わしがパテル=マテルの構造を知ってしまうことは、レンにとって取り返しの付かない結果を生むかもしれんのじゃ。」
「レンはパテル=マテルが一番大事なの!」
レンの声は一段と高くなった。

「いいかね、レン。」
ラッセル博士はレンの目をじっと見つめて言った。
「レンにとってパテル=マテルは両親代わりだと聞いておる。結社を抜けてもパテル=マテルとは離れない。今、レンはそう思っているんじゃな。」
博士の言葉に、レンは強く頷いた。
「結社を抜けるということは、結社から与えられた全てを放棄するということじゃ。お前さんの武器も、もちろんパテル=マテルもじゃ。」
「取り返しに来たって、渡さないわ。誰もレンからパテル=マテルを奪ったり出来ないわ。」
「そうして世間から隠れて生きていくというのかの。いや、世間からは隠れおおせても、結社から隠れられるものかな。」
ラッセル博士の言葉は静かだったが、レンが甘く見ていた事実を直視していた。
「………」
レンは険しい顔で唇を噛んだ。
「レンが結社に帰りたくないと思う気持ちを、わしらは喜んでおる。じゃが、結社に帰らないことと、結社を抜けることはまた違う意味を持っておる。今のレンにはまだパテル=マテルが必要じゃろう。だが、パテル=マテルの機密を漏らしたら、結社はレンからパテル=マテルを取り上げるじゃろう。レンも傷付くかもしれん。だったらわしは何も知りたくない。機械に必ず必要な事だけをするに留めたい。それならばまだ見逃してもらえる可能性はある。」
「パテル=マテルが壊れたら、レンには同じ事だわ。」
「同じではない。」
ラッセル博士は断言した。
「強引に奪われることと、物の寿命を見届けて別れることは全く違う事じゃ。人も機械も寿命を持っておる。いつか別れる時が来る。出来ればそれはお互いが覚悟して、受け入れた上での別れでありたい。今、パテル=マテルとの別れが受け入れられないのなら、まだわしに見せてはいかんのじゃ。」
「おじいちゃん……。」
ティータが圧倒されたという顔でつぶやいた。二人の迫力に、すっかり固まっていたのだ。
「ともかく作業に掛かろう。ティータ、レンにもやり方を教えてあげなさい。」
「は、は~い。」
ティータは潤滑油の入ったスプレーを博士に手渡した。
そして同じものを、呆然と立っているレンの手のひらにも押し込んだのだった。

ずっと無言で作業していたレンだったが、効果を見るためにパテル=マテルを動作させ、かなり滑らかな動きが出来たことで表情の険しさが薄れていった。
ラッセル博士はメンテナンスが必要な場所をレンに教えた。
「今日持ってきた潤滑油は置いていこう。どこか収納場所はあるかね。」
「あるわ。」
レンはパテル=マテルの胴の後ろの小さな扉を開け、小ぶりのスーツケースを取り出した。奥にまだ余裕があった。
「ここに入れられるわ。」
ティータが手早く並べていく。固定代わりにウェスも詰め込んだ。
「これで動き回っても倒れないと思うよ。」
「わかったわ。」
レンはスーツケースは足下に置いたまま、扉を閉めた。
「ではそろそろ戻ろうかの。」
首尾は上々とばかりに、ラッセル博士が二人に言った。

機械油の匂いをさせて戻った三人を、ティータの母がどう理解したかわからないが、レンは早速風呂場に放り込まれた。
自分でも油の匂いに辟易していたレンは全身ぴかぴかに磨き上げて風呂を出た。
脱衣場には朝の約束通り、レンのドレスが揃えられていた。
結社に帰らないということは、服も食事も、誰も用意してくれないことだった。
ドレスも大分くたびれていたのだが、きれいに洗われたそれは、ぱりっと糊を利かせてアイロンを当てられていた。
服に袖を通したレンは、不意に胸がキュッと縮こまる感覚を覚えて身体を震わせた。
陽を一杯に浴びたドレスは温かく、ほのかに太陽の匂いがした。
『エステルに抱きしめられた時みたい……。』
心臓のあたりが熱い。
だが不快な感覚ではなかった。

博士、ティータと順番に入浴をしている間、レンはティータの母がお茶菓子を焼くのを手伝った。
種をスプーンですくって落とすだけの単純なクッキーだったが、甘い香りが部屋に漂い始めると、ついつい口元がゆるみそうになる。
『おかしなレンね。……ここを出ればまた一人きりなのに……。』
でも、今までと何かが違う。レンはそんな気がした。

入浴を済ませたティータは、脱衣場で待ち構えていたレンと鉢合わせた。
「ふぇ…、レンちゃんどうしたの?」
「お茶の準備が出来ているわ。それでね、レンから提案があるの。」
レンは紅蓮の塔から持ち帰ったスーツケースを開けた。
中にはアプリコット色をしたドレスが入っていた。
「これはレンの好きな色じゃなかったの。でも、ティータには似合うと思うわ。」
ドレスを取り出して、ティータの肩に合わせてみる。
「ちょっ、えっと…まさか、これを着る…の?」
頬を赤らめたティータに、レンは真顔で頷いた。
「お茶の時間だもの。ドレスアップしたところを見せて、おばさんたちを驚かせるのよ。」
にっこりと笑ったレンはドレスをティータに押しつけ、次にふわふわと広がる純白のパニエを取り出した。
「え~~っ、あたし、こんな服着たこと無いよぅ。」
パニックの度合いを深めるティータに、レンはとどめの一言を投げかけた。
「レンがちゃんと教えてあげる。さあ、急いで!」

「おじさま、おばさま、ラッセル博士。このたびはレンを厚くもてなしてくださって、どうもありがとうございました。」
優雅に軽やかに、レンが深々と一礼した。
「レンからのささやかなお礼です。ティータ、入ってきて。」
扉に向かって言うが、なかなかティータは入ってこない。
「もう~。さあ、入ってくれなくちゃイヤだわ。」
レンに半ば引っ張られるようにして、アプリコット色のドレスに包まれたティータが入ってきた。
「おお、これは……」
「まああっ! ティータ!?」
「あ、あの…えっと……そのぅ。おかしくない?」
耳まで真っ赤にしてティータは上目づかいに両親たちを見た。
ドレスは襟元をフリルが覆い、胸には大きなリボンが付いていた。
ハイウエストで切り替わって三段のレイヤードスカートになっている。
一段ごとに幅広のレースがアクセントを作っており、そこここにリボンもあしらわれていた。
袖は肘下が大きく広がった長袖で、そこにもたっぷりのレースが覗いていた。
自然に流した髪には、ドレスと同じ色のリボンが結わえられている。
足元だけは間に合わず、素足にスリッパを履いていたが、それでも充分に引き立った。
「素敵よ、ティータ。」
母親が、声を上ずらせた。
「ありがとうレンちゃん。ティータがこんな格好をしてくれるなんて……。」
「お気に召して頂けて、レンも嬉しいわ。」
レンはティータの母に答えながら、また胸の熱さを感じていた。

「レンちゃん、本当に行っちゃうの?」
ツァイスの南口で、レンとティータは向かい合っていた。
ティータはドレスを着たままだ。
返そうとしたのだが、それより早くレンはスーツケースに、パテル=マテルの補修材料を詰め込んでしまったのだ。
アプリコット色のドレスとストレガーGは、なかなか異色の取り合わせだった。
「パテル=マテルが待っているもの。」
レンは当然のように答える。
「う……うん、そうだよね。」
ティータの口は重い。紅蓮の塔でラッセル博士とレンが言い争ったことが甦る。
これからレンはまた一人で運命に立ち向かっていくのだ。
ティータはうなだれた。
「また来るわ。」
「え!?」
思いがけない言葉に、ティータは顔を上げた。
「レンが答えを出すまで、どれくらい掛かるかわからないけれど…。きっとレンは、ティータやエステルのところへ帰ってくるわ。」
慎重に言葉を選んでレンは言った。
「もっとも、答えを出す前にパテル=マテルを診せに来るかも知れないけれど。」
僅かに微笑んで、レンは一歩退いた。
「待ってる! ずーっと待ってるからね!」
ティータは両手でギュッとこぶしを握ってレンを見送った。
数歩後ずさったレンは、片手を軽く上げながら振り向いてトラット平原へ掛けだしていった。
その姿が見えなくなるまで、ティータはじっと立って見送っていた。

2006/4/29


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