「ったく、冗談じゃねえ、あの小娘!」
怒りもあらわな怒鳴り声と一緒に、目の前に食事の載ったトレイが乱暴に置かれた。
ミッシェルは黙って顔を上げた。
「飯を持っていったら、水が欲しいだの毛布をくれだの言い出しやがって。そんなもん俺たちの方が欲しいってんだよ!」
男はどかっと音を立てて向かいに座った。
「それで、食事を持ったまま引き返してきたのですか?」
ミッシェルは尋ねた。
目の前の食事は、シャノンと彼女が付き添っているマイルのものだった。
「俺はあんな口やかましい女は真っ平だ。お前、やってきてくれ。」
男はミッシェルに言った。
「わかりました。」
穏やかに、ミッシェルは返した。

ミッシェルがトレイを持って立ち上がると、男が後から声を掛けた。
「お前、あの2人が平気か?」
「はい?」
ミッシェルは振り返った。男はきょろきょろと周りを見回し声を落として言った。
「いくらベリアス卿から直々に預かっても、俺はあの男の様子が不気味でならんよ。それを平気で世話しているあの娘もだ。」
「それは……、ベリアス卿の掛けられた術ですから、安心だと思っていますが。」
ミッシェルが答えると男は目を見張った。
「意外と肝っ玉の据わった奴だな。ま、そうでなけりゃ本殿の警護隊には入って来れんがな。」
「恐れ入ります。」
ミッシェルは軽く頭を下げた。
「では、行ってきます。」

シャノンたちが囚われているのは、封印の地に築かれたオクトゥム教徒の本拠地だった。地下にあるとは思えない大規模な建物で、潜入に成功したミッシェルも、ほんの入口を警護しているに過ぎなかった。
ミッシェルは、ここでアヴィンの親友のマイルとシャノンを見つけたのだった。
組織の情報もたまには流れてくる。
それとなく注意していると、2人はアヴィンたちに対する切り札として生かされていることがわかってきた。
命の危険がないならば、こちらも正体を明かさずオクトゥム教徒の一員の顔をして彼女たちに接すればいいだろう。
ミッシェルはそう考えて自分に与えられた仕事をこなしていた。

「食事を持ってきました。」
鍵を開け、2人の暮らす部屋に入ると、どんよりとした空気が鼻をついた。
元々地下にあるこの神殿は空気の流れが悪いのだが、ここは特別ひどい。
その原因はおそらく、ベリアス卿に何がしかの術を掛けられたマイルにある。
ミッシェルは部屋の一角に置かれた椅子に座ったマイルを見た。
生きてはいる。だが、生気を感じないのだ。
視線は空を漂っていて、わずかに緩んだ口元と相まって見る者をぞっとさせる。
「ありがとう。さっきの人、急に怒り出して食事を持っていっちゃうんだもの。困っていたところだったんです。」
シャノンが飛びつくようにトレイを受け取った。
「マイル様、お食事ですよ。先に手を拭きましょうね。」
かいがいしく世話をするシャノンに胸が痛んだ。アヴィンがいつも2人を気に留めていたことを話してやるわけにもいかなかった。

「何か不足の物があるという話を聞きましたが。」
ミッシェルはシャノンに向かって言った。
「ずっとお風呂を使ってないから、せめて身体を拭くのに十分なお水が欲しいんです。それと、ここは寒いから、マイル様には毛布を掛けてあげたいんですけど。」
シャノンの声は控えめだった。
しおらしいのだが、この娘の場合は効果を計算したうえのしおらしさなのだとミッシェルも気付いていた。
「そうですか。私の一存では何ともなりませんが、許可が出るかどうかはかってみましょう。」
不自然に見えない協力は、実際この程度が限界だった。
「本当ですか! ありがとう。」
シャノンは飛び上がらんばかりに喜んで笑顔を浮かべた。
「では後で食器を取りに来ます。」
彼女の笑顔がまぶしくて、ミッシェルはそそくさと部屋を後にした。

「なんて強いんだろう。」
持ち場へ戻りながら、ミッシェルはつぶやいた。
いつもシャノンからは強烈な印象を受けた。
「自分の願いをあきらめない…か。」
それは、心の持ちよう一つで自分にも出来ることだとミッシェルは思い至った。
シャノンのようにひたむきになれたら、願いは叶うかもしれない。
それがどんなに途方もない願いだったとしても。
『そう言えば、ほかにも大きな夢を持ってる人がいましたね。』
ミッシェルと同じ、世界の果ての向こう側を見たがっている夢の持ち主。
つかの間の交流だったけれども、通じ合うものを感じた。
『この件が片付いたら、彼と共にガガーブを越えよう。』
今度見る故郷は、きっとそれまでの故郷とは違って見えることだろう。それがこの世界から得た自分らしい生き方の第一歩になるだろう。

『そのためにも頑張ってもらわないと。』
シャノンにも、旅の途上のアヴィンたちにも。
詰め所の前でミッシェルは背を伸ばして深呼吸をした。
それから、黙々と職務をこなす僧兵の顔に戻って詰め所の扉を開いた。

2003.12.7


また、というか、久々にシャノンとミッシェルさんです。いや、カップリングな訳ではありませんが。
どちらも強い個性の持ち主なので、天秤が釣り合うというか、書いていてバランスが取れるんです。
私が書くとアヴィンではミッシェルさんに頭が上がらないので、彼女の存在は結構ありがたかったりします。
マイルは旧版では上の話の通りで、出番がないわけですが、多分相当シャノンに面倒見てもらったのではないかと思うのです。ベリアス卿自身、彼女のお願いに根負けしてマイルを助けたような事を言っていましたしね。
だからもう逃げたりせずに身を固めなさいと、マイルには言ってあげたい(笑)。