アヴィンたち一行がヴァルクドの街に戻ってきたのは、うららかな春の日のことだった。
神殿の門をくぐったアヴィンたちに、歓喜の声と共に一人の少女が走り寄ってきた。
「マイル様ぁ~!!」
「えっ・・・。」
ぎくりとして足を止めたマイルの胸に、シャノンが、文字通り飛び込んできた。 その勢いで、二人は折り重なって石畳に倒れた。
「ち、ちょっと・・・」
首のあたりをぎゅっと抱きしめられ、マイルはもがいた。
「マイル様っ、 ああっ、本当にマイル様なんですね!! 良かった・・・シャノンはとってもとっても心配していたんです。マイル様が悪い奴らに捕まったとお聞きして、何も喉を通らなくって!」
シャノンは感極まった様子でマイルに抱きつき、一向に離れようとしない。
「あのね・・・。」
辟易した表情でマイルが身体を起こせと促すが、シャノンは全く気付いていない様子だった。
「お兄ちゃん、あの人は?」
アヴィンを振り返ってアイメルが尋ねた。
「ああ、シャノンだよ。王都の近くのチブリ村の娘なんだけど、マイルのことを自分の王子様だと信じて追いかけてきちゃったんだ。」
「まあ。・・・あ、前にバロアで教えてくれた人?」
「そうそう。あれから、ヴァルクドまで着いてきちゃったんだ。」
「ふーん・・・。」
アイメルはちらりとマイルを見やった。シャノンはまだマイルに抱きついたままだ。
兄には見えないように、アイメルはそっとちいさなため息をついた。

「若い方はいいですね。」
自分だってまだ20代だろうに、ミッシェルはガウェインと連れ立って、マイルたちの様子を楽しそうに眺めていた。
「朗らかな娘さんだ。アヴィンといいマイルといい、辛いだけの旅にならなくて良かったわい。」
ガウェインはマイルたちを見ているアヴィンに目をやった。
アヴィンの隣には、苦笑を抑え切れないルティスがいた。
「そうですね。よくお似合いです。」
ミッシェルも同意した。
「さて、我々は先にクロワール様にご挨拶して来るとするか。アヴィンたちの再会の挨拶はまだ終わりそうにないわい。」
ガウェインも苦笑して、ミッシェルを神殿へ促した。
「はい。お供させていただきます。」
ミッシェルはガウェインの後ろに付いて、神殿入り口への階段を登った。
階段を登りきったところは少し広くなっていて、その先の建物の入り口は僧兵二人がきっちりと守っていた。
オクトゥム神の力が消えうせたので、僧兵たちにも少し前までの悲壮な表情はなかった。
「おかえりなさいませ、ガウェイン様。」
「うむ。皆もご苦労だったな。」
ガウェインがねぎらう声も穏やかだ。
その時である。
後ろの階段をたたたたっと駆け上がってくる音がした。
そしてー

「うわあっ!」
突然上がった大声に、そこにいた皆の目が注目した。
何事かと振り返ったガウェインが見たものは、シャノンに後ろから抱きつかれて、顔を真っ赤にしているミッシェルだった。
ミッシェルの反応に驚いたのか、シャノンもすっかり固まっている。
ミッシェルはぎこちなく振り返り、背中に張り付いていたシャノンを見た。
「あ、あの・・・」
一体何故、どうして自分がシャノンに抱き付かれなくてはならないのか、全く見当が付かないという顔つきだった。
「もう、ミッシェル様ったら、そんなにびっくりされなくっても・・・。」
シャノンが唇を尖らせた。
「はあ・・・でもシャノンさん、どうして私に?」
ミッシェルは皆目わからないという顔で尋ねた。
シャノンは照れくさそうに答えた。
「だって、ミッシェル様が約束を守ってくださったんですもの。」
「え?」
「ご出発の前に、シャノンと約束してくださったじゃないですか。きっとマイル様を連れて帰ってくださるって。」
「ああ、あの時の・・・。」
やっとミッシェルは思い出した。
封印の地へ赴く前、ヴァルクド神殿で幾日か過ごした。
その時、シャノンとルティスが何やら願掛けをしていたのを思い出す。
「願いを込めたチョコレートを好きな方にプレゼントするという、あの時の約束ですね。」
「ええ、そうですの。マイル様が戻ってきてくださったのは、ミッシェル様のおかげですわ。」
「いや、そんなことはありません。私よりも、アヴィンさんの方が・・・。」
ミッシェルはアヴィンの方を見やった。

下にいたアヴィンたちは笑いを噛み殺していた。
シャノンがはじかれたように立ち上がり、神殿に向かってダッシュしたときは、何が起きたのかと思ったが、ミッシェルにていねいに説明している様子は、いつものシャノンそのものだった。
ミッシェルが戸惑おうが、迷惑がろうが、彼女には一向に関係ないのだ。
「あーあ、びっくりした。」
マイルがマントの泥を払って立ち上がり、アヴィンに言った。
「シャノンったら驚かせるんだから。」
その言い草が、肩の荷が下りた安堵感に満ちているのに気付いて、アヴィンは眉をひそめた。
「おいマイル、お前勘違いしてないか?」
「え? 何を?」
マイルは聞き返した。
「お前さ、シャノンが乗り換えたとか思っていないか?」
「え・・・だってそうでしょ?」
マイルは仲睦まじく話をしているシャノンとミッシェルを指差した。
「シャノンみたいな元気な娘には、あのくらい年上の人がお似合いだよ。」
アヴィンは開いた口がふさがらず、助けを求めるようにルティスを見た。
「マイル、あの娘がそう簡単に心変わりするわけないでしょう?」
「だって、僕のこと突き飛ばして行ったんだよ。」
「シャノンは一つの事に全力投球する娘だから・・・。安心していると後が怖いんじゃないか?」
「なんだよ、そんなに僕とシャノンをくっつけたいわけ? 僕の気持ち、考えてくれないのかい?」
マイルは不機嫌そうに言った。
「マイルの気持ちって・・・誰かほかに好きな人でもいるのか?」
「・・・アヴィンのそういうところ、大好きだよ。」
マイルはほっぺたを膨らませて抗議した。
「それ、嫌いってことだろうが。」
「よしなさいよ二人とも。アイメルがあきれているわよ。」
ルティスが間に入った。
「マイル、あなたには不本意かもしれないけど、シャノンは本気だと思うわよ。」
「ええー、ルティスまでそんなこと言うの・・・。」
マイルが渋い顔をした。

ミッシェルは笑顔で話しているアヴィンたちを見て言った。
「マイルさんが生きて戻ってこれたのは、何よりもアヴィンさんのおかげですよ。私などより、彼に感謝するべきです。」
しかし、シャノンの言い分は違った。
「ん、もう。ミッシェル様って、乙女心には鈍いんですね。」
「え?」
「シャノンは、ルティスさんと一緒にチョコレートを作った仲なんですよ。秘密のお話もたくさんしたんですの。だから、アヴィンさんに感謝のしるしをすることは出来ませんの。お分かりですか?」
「ええ、まあ、何となく・・・。」
ミッシェルは慣れない事のせいで、額にうっすらと汗を浮かべていた。乙女心とやらを理解するのは、ベリアス卿のねじれた理想を読み解く以上に難解な事であった。
「それじゃあミッシェル様、シャノンからの感謝のしるしを受け取ってくださいませ。」
シャノンが改めて言った。
「こちらの神殿で、教えていただいたんですの。戦から戻った勇気ある者に、清らかな乙女が感謝の接吻をささげるのですって。」
「・・・・・・」
自分が読破したヴァルクド神殿の書物には、そんな言い伝えは載っていなかったとミッシェルは抗議したくなった。
しかし、そう言ったところで、シャノンに効果があるとは思えなかった。
戦士に祝福を与える清らかな乙女になりきったシャノンを前に、ミッシェルは敗北を味わっていた。
シャノンは、階段の下にいるマイルに向かって叫んだ。
「マイル様ーっ。ちょっとの間、後ろを向いていてくださいねー。」
「ちょっと、あの、シャノンさん・・・。」
勝手に話をすすめられて、ミッシェルが抗議の声を上げかける。
様子を見ていたガウェインが、口をはさんだ。
「ミッシェル殿、乙女の感謝のしるしを断ってはならんですぞ。」
「はあ・・・。そういう決まりごとですか?・・・。」
ガウェインにたしなめられ、作法なら仕方がないと自らを言い聞かせて、ミッシェルはシャノンに向かい合った。
「ええと・・・、どうぞ。」
頬を赤く染め、照れながら言う。
シャノンがはにかんだ顔でミッシェルの首に巻きつき、暖かな感触を頬に残した。
「本当にありがとうございました、ミッシェル様。シャノンは、このご恩を一生忘れません。きっと幸せになります。」
シャノンは大役を終えたようにホッとして、ミッシェルに言った。
「ええ。あなたならきっと願いがかなうと思いますよ。」
ミッシェルは笑顔で答えた。
「はい!」
シャノンもとびきりの笑顔になった。

「マイル様、お待たせしましたっ。」
幸せそのものの甘ったるい声で、シャノンがマイルの腕に絡みついた。
「シャノン?!・・・ミッシェルさんは?」
マイルが絶望的な声を上げる。
「はいっ! ちゃんとお礼をしてきましたの。ミッシェル様はシャノンの天使様ですわ。マイル様をシャノンのところへ連れて帰ってきてくださったんですもの。」
「えっと、それって・・・。」
シャノンの夢見るような瞳に迫られ、アヴィンの忠告が現実になったことを知り、マイルはうろたえた。
「ね、マイル様。マイル様が戻ってきたら、素敵な物を作って差し上げたいと思っていましたのよ。今からでもまだ間に合いますわ。さ、いらしてください、マイル様。」
「わっ、ち、ちょっとぉ。アヴィン、アイメル、なんとかしてよぉ!!」
マイルはシャノンに引きずられる様に神殿へ連れて行かれてしまった。
アイメルはあっけに取られて事態を眺めていた。
アヴィンとルティスは顔を見合わせて笑いあった。
「変わらないわね、シャノンさんって。」
「マイルもな。さ、俺たちはクロワール様に挨拶に行こうか。」
アヴィン・ルティス・アイメルは、連れ立って神殿の階段を登った。

「さて、行くかね。」
ガウェインは、階段に腰を降ろしてしまったミッシェルに話し掛けた。
「後でご挨拶に伺ってもよろしいですか? なんだか体がふわふわして・・・。」
ミッシェルがそう告げると、ガウェインは苦笑した。
「いやはや。いいですな、若い者は。」
「ははは・・・。」
ミッシェルが照れ隠しに笑った。

010306


別名を「シャノンの逆襲」とでもしましょうか。
どこがホワイトデー合わせなんだか。バレンタインの続きにはなっていますが、シャノン、結局誰からもお返しは貰わなかった・・・(彼女的には、ミッシェルからマイルをもらったと・・・ヘンな言い方・・・;;)。
なんかミッシェルさんが別人っぽいですが、お許しください。カヴァロのミッシェルさんがえらく真面目一辺倒なので、ここらで息抜きを・・・。