癒しの館

04

夏はあっという間に過ぎた。
秋に入ると野菜の植え替えの他に、山で果物や木の実を集める仕事も増えた。
収穫物を油や酢や蜜に漬けたり、たくさんの葉を、塩をまぶして瓶に漬け込んだりもした。
それらが一段落したある夕方、皆が夕食の席に着いたときだった。
「子どもたち、今年独り立ちする者を伝える。」
赤い腰紐を巻いた、癒し手のまとめを預かる大人が子どもたちのテーブルに来て厳かに宣言した。
テーブルの周りはたちまち静かになった。
「ダニー。館の癒し手に推薦。」
ダニーは一瞬微動だにしなかったが、隣のアロンにつつかれて無言で立ち上がり一礼した。
「アロン。君は独り立ちだ。」
何人かがため息をついた。
ダニーがぎゅっとこぶしを握り締めた。
アロンが立ち上がった。
「わかりました。長らくお世話になりました。」
アロンは深く頭を下げると椅子に座り直した。
誰も言葉を発しなかった。
ラップは何が起きたのかわからず、アロンとダニーを見つめていた。
胸が、気持ち悪いほどドキドキと音を立てていた。
アロンも、ダニーも、普段と全く違う硬く思い詰めた表情をしていた。

不意に、ダニーが立ち上がった。
「すいません、俺、残れません。」
「何だと?」
大人たちがざわついた。
「やめろ、ダニー!」
アロンがダニーの腕を引っ張って座らせようとしたが、ダニーはその手を掴んで止めた。
「アロンが残らないなら、俺は一緒に出て行きます。」
「馬鹿なことを。」
子どもたちのテーブルからも非難の声が上がった。
「癒し手になれるのに、出て行くなんて恩知らずだ!」
ルイスだった。
「俺一人が安全に生きるより、二人で苦労する方がいいんです。」
ダニーは胸を張ってそう言い切った。
「だから俺も連れてってくれ。」
ダニーはアロンに向けて言った。
アロンは目を真っ赤にしていた。言葉にならない様子だった。
「取り消しは効かないぞ。ダニー、癒し手として残るつもりはないのだな。」
改めて尋ねられると、ダニーはしっかり頷いた。
「俺も独り立ちして出て行きます。今までお世話になりました。」

食事の後、ダニーとアロンは大人たちに呼ばれていき、一人になったラップは談話室で時間をつぶしていた。
子どもたちの間でもダニーのことが話題になっていた。
「ラップ、一人になっちゃうね。」
二つ年上のサムが言った。
確かにアロンとダニーが出て行くと、寝室に残るのはラップ一人だった。
ラップはまだその事を考えたくなかった。
館に引き取られて今日までやってこれたのは、アロンとダニーがいてくれたからだった。
その二人が揃って館を出て行くなんて。
「ねえ、どうして出て行かなくちゃいけないの?」
ラップはサムに尋ねた。
「僕もよく分からない。」
サムは答えられなかった。
「それは、館では大きくなった子どもを養いきれないからさ。」
二人の頭上から答えが降ってきた。
ラップとサムは視線を上げた。
「ルイス。」
それは背の高いルイスだった。
ラップがルイスの後ろに目を走らせると、子分よろしくダットンが一緒にいるのが見えた。
「館はみんなの働きと、患者の払う費用で食べているんだ。」
ルイスはラップの隣に腰掛けた。
ダットンはサムの向こう側に座った。
「毎年引き取られる子どもがいるから、全員をずっと養っていくにはたくさんの費用が掛かってしまう。でも、受け入れる患者の数は限られているし、薬草も採り過ぎると絶えてしまう。一定の人数に抑えておく必要があるんだよ。」
ルイスはすらすらと説明した。
「それじゃあ僕たちが引き取られたからアロンたちが出て行くの?」
サムが尋ねた。
ラップも同じことを思って胸が痛んだ。
「小さい子どもは一人では生きていけないからね。大きくなった者が出て行くのが道理だろう。」
ルイスは言った。横からダットンが口を挟んだ。
「アロンもダニーも14歳だ。そろそろ成人する頃なんだよ。」
ダットンは今9歳だ。
まだまだ安心していられるのか、彼はアロンたちに同情していなかった。
「僕も君たちも、いずれ館から出て行くか、癒し手や薬師として働くことになる。覚悟しておくんだね。」
ルイスが言った。
「僕たちも、出て行くの?」
ラップとサムは顔を見合わせた。
「そう。出て行くか、館で働くか、どちらかだ。薬師になるのは大変だけど、がんばれば不可能じゃない。ラップ、君は強い魔法を持っているんだ。努力して是非館に残って欲しいな。」
ルイスは優しい口調で言った。
「う、…うん。」
魔法を認められるのは嫌な事ではなかった。
ラップはルイスの言葉を意外に思ったが、同時に嬉しい気持ちにもなった。

数日後、館では収穫祭が行われた。
今年の実りをふんだんに使った料理が作られ、おとなも子どもも、幾人かの患者すらも一緒になって歌い、踊った。
アロンとダニーのテーブルには、代わる代わる人が挨拶をしに訪れていた。
ラップはサムに誘われて一緒に過ごしていた。
「ラップ、このお菓子おいしいよ。」
サムはいろいろと気を使ってくれたが、ラップは半ば上の空で、祭りの楽しさを味わうどころではなかった。
明日はお別れの日だった。

翌日、朝食を済ませた後で、アロンとダニーは旅支度をして館の門前に出てきた。
子どもたちや手の空いた大人たちが見送りに集まっていた。
ラップは門前に出てからグズグズ泣いていた。
「ラップ、いつまでも泣くな。」
アロンが声を掛けた。
ルイスがラップの側に寄って肩に手を置いた。
「この子の事は心配しないでくれ。僕が面倒を見るよ。きっと館にとっても大事な子になる。」
「ルイスがそんなにラップを買ってるとは知らなかったな。」
ダニーが言った。
ルイスは笑った。
「能力のある子を見落としたりしないよ。ダニー、君も残れる人だったのに。」
ルイスの言葉は、年下の者の言い方ではなかった。
「再来年、君が癒し手に選ばれれば、俺のいない穴なんかすぐに埋まるさ。」
ダニーの返事にもトゲがあった。
「ご期待に沿えるよう努力しますよ。」
ルイスは再び笑った。

「行こうぜ、アロン。」
ダニーは相棒を見た。
「ああ。」
二人は揃って皆に挨拶した。
「それじゃあ、もう行くよ。皆元気でな。」
「アロンも、ダニーも元気でね!」
精一杯涙をこらえてラップも叫んだ。
アロンが手を振って応えた。
二人は連れ立って、ぬかるんだ道を歩いていった。
その後ろ姿は、何時かの、家族と生き別れになった日をラップに思い出させた。
癒し手になれない自分にもいつか同じ日が来る。
ラップはその定めを知って震えた。

(2009/10/23)