ミッシェル・ド・ラップ・ヘブン捏造企画|Junkkits

ヘブン

05

次の日の朝、居間には重い雰囲気が漂っていた。
いつも笑顔を絶やさないレオが、むっつりと黙りこくっていたからだ。
「二人とも、今日は勉強も修行も休みにしよう。」
食事が終わったときモーリスが言った。
モーリスの額には真新しいかさぶたが出来ていた。
「私達はそれぞれ思う事があって行動している。昨日のように意見がぶつかることもある。が、私はそれは悪いことではないと思う。二人とも、今日一日じっくり考えてみなさい。」
そういうとモーリスは立ち上がった。
「私は城へ行ってくる。」
「はい、モーリス。」
レオは真面目な顔で答えた。
「わかりました。」
ラップも返事をした。

ラップはシャリネの掃除を終え、薪を集めるかごを取りに台所へ行った。
朝食の片付けは終わって調理台の上はきれいになっていた。
レオの姿は見当たらなかった。
シフールにいる友だちの所へ行ったのかも知れない。
ラップはほっとした。
今レオと顔を合わせずに済むのは、正直なところ有り難かった。

森で薪を集め、昼近くになってシャリネへ戻ったが、まだレオは帰っていなかった。
ラップは本を読むことにして、書庫へ足を運んだ。
だがどの本を手にとっても中身が頭に入ってこなかった。
ラップは本を棚に戻し、壁に背中を預けた。
レオに心配を掛けて、自分はずいぶんわがままをしていると思った。
でもこれは魔法が原因ではない気がした。
魔法使いでなくても、誰でも経験することではないだろうか。
『それなら、僕が一方的に引き下がる必要はないはずだよね。』
自分に向けて問い掛けてみる。
モーリスが指導を続けると言う限り、ラップは修行を続けて良いはずだ。
魔法が危険だと言われても、やめる必要はないはずだ。
それでも何処かに修業を続けることを喜んでいられない気持ちがあった。
レオに対して申し訳がなかった。

ふと気付いて、ラップは窓から差し込む日差しを見た。
床に映る影の位置は、とうに昼を過ぎていることを示していた。
『おかしいな。』
ここへ来てから一度も、レオが食事の支度を忘れたことはなかった。
ラップは書庫を出て居間を覗き、台所も覗いた。
レオは戻ってきていなかった。
昨日の今日だ、戻りたくないのかも知れないし、どこかで自分の気持ちと向かい合っているのかも知れなかった。

「おーい、ボブは居るか。」
外で大人の声がした。
ラップはハッと体を緊張させた。シフールの町の人だろう。他に誰もいないので、ラップが応対に出るしかなかった。
扉を細く開けると、前にモーリスと訪ねた仕立て屋の主人が立っていた。
「ああ、お弟子さんか。うちのボブが遊びに来ていないか。とっくに昼を過ぎているのに帰ってこないんだ。」
「いいえ。今日は誰も来ていません。」
ラップは気後れしながらも答えた。
「今朝レオが誘いに来て、一緒に出ていったんだ。ここで遊んでいると思っていたんだがな。」
仕立て屋は眉を寄せた。
「えっ、レオは朝出てから戻ってきていませんが……。」
答えながら、ラップは不安が膨らんでいくのを感じた。
やはりおかしい。
レオが約束事を守らないはずがない。友達も一緒なら、尚更戻っていなくてはいけないのに…。
「全く、どこを遊び歩いているんだ。モーリスさんは?」
「今日は城へ行っています。すみません、僕も探してみます。」
ラップは仕立屋に答えた。
「ああ。そうしてもらえるか。私も町をもう一回探してみる。」
「はい。」
ラップは仕立て屋のあとから外へ出た。
夏の日差しがまぶしく肌に痛いくらいだ。しかし、今はそれどころではなかった。
町へ戻る仕立て屋を見送って、ラップはどうやってレオたちを探そうかと考えた。

一体どこへ行ったのだろう。
仕立て屋の様子から、町にはいないようだ。
だとすれば、あとは森の中ということになる。
歩いて探すのは時間の無駄だ。ラップは空へ飛び上がった。
シャリネの周囲を回ってみたが、空から見た地上は木々の深い緑に覆われていた。
そこに子どもが居たとしても、果たして姿を見つけられるか確信が持てなかった。
ラップは辺りで一番高い木の先端に近い枝に降り立った。
体重を支えられることを確認してから、幹をしっかり掴んでラップは目を閉じた。
レオの気配を知らせるのは、目から入ってくるものだけではない。
音や声を捉えられるかも知れなかった。
目を閉じると、それまで風景の添え物でしかなかった風や、日差しの強さまでが、よりはっきりと確かな強さで感じられた。
ラップは風に身を任せた。
木と一緒に風にそよぎ、吹き抜ける風の音を聞いた。
近くの音、遠くの音。様々な音がラップの体を通り抜けた。
ラップは近い音から順々に意識の中に捉えていった。
大半を占める木々のそよぐ音。
鳥のさえずり。
たまに聞こえる獣の声。
それに重なるように、甲高い叫び声が聞こえた気がした。
「!」
ラップは目を閉じたまま、その声の方角を、距離を測った。
おおよその位置を掴んでから、ゆっくりまぶたを開く。
見当をつけた場所に視線を向ける。
それは深い森の中だった。
「よし。」
ラップは木から飛び立った。
一直線に、声がしたと思われる場所を目指した。

声のした辺りで、ラップは再び高い木の枝に降りた。
今度は目も動員して周囲の気配を探る。
シャリネから離れた分、森は一層深く、人の姿を探すのは不可能に見えた。
だがラップは集中力を途切れさせず、周囲に気を配り続けた。
「来たっ!」
「逃げよう!」
少し離れたところから、今度ははっきりと人の声が聞こえた。
そして、下生えの中を走る音も。
「レオ君?」
あとの方の声が、聞き慣れたもののようだった。
『何かに追われている?』
ラップは考えると同時に枝を蹴って空中に飛び出していた。
人の声はもうしなかったが、茂みの中を動く音が続いていた。
ラップは木の高さすれすれに飛んでレオの姿を探した。

視界の隅を、動く物がよぎった。
ラップは高度を下げてそれに近づいた。
魔獣だ。茂みをかき分ける音と同じ方向に進んでいる。
しかし攻撃する隙を狙っているような獰猛さは見られなかった。
空中に浮かび、ふわりふわりと気ままに動きながら音の後を追っている様子だ。
ラップは少し遠回りをして魔獣を追い越し、先に進んだ。
ちらりと子どもの頭が見えた。
『いた。』
一気に加速して追い付く。
「レオ君!」
着地しながら声を掛けると、レオともう一人の子どもがパッと振り向いた。
「ヘブン?!」
レオは信じられないという顔をした。
「魔獣を見掛けた。追われているの?」
ラップはレオに聞いた。
「怖かったよお。」
もう一人の子どもがラップにしがみついてきた。
「どこまでも付いて来るんだ。僕たち怖くて…。」
レオも涙声になる。
ラップは後ろを振り返った。
木の枝の間から、魔獣が姿を現わした。
「………」
ラップは眉をひそめた。
先程より興奮している様子に見える。
攻撃を仕掛けてきそうだ。
「二人とも、少しの辛抱だよ。ここから動かないで。」
ラップはレオともう一人の子どもに言い聞かせると、二人の周りに結界を張った。
二人は目を丸くする。
魔法を見せることになるな、と思ったが、ラップはその結果について考えをめぐらすのを止めた。今は危険を取り除くことだけを考えようと決めた。
「この中に居れば、魔獣の攻撃は当たらないからね。」
少しでも安心させるように落ち着いた声で言って、ラップは二人を守るように魔獣に向き合った。
魔獣はラップを威嚇するように、ゆらゆらと降下と上昇を繰り返した。
『僕が自分の獲物を奪ったとでも思っているのか。』
だとすれば、やはり襲うつもりで二人を追い掛けていたのだろう。
『間に合って良かった。』
ラップは四肢に気を巡らせた。
向こうの攻撃を待つよりも、こちらから仕掛けて短期戦にしたいと思った。
レオも、もう一人の子も、あまり長く怖さに耐えられないだろう。
「カマイタチ!」
ラップは魔獣が下降してくるのを見計らって風の魔法を放った。
魔獣は風の刃に襲われ、驚いて飛び上がった。
風では威嚇にはなっても、止めを刺すことは難しそうだった。
雷、氷、岩落とし…。
次の攻撃をどうするか、ラップは目まぐるしく考えた。
相手は空中にいる。ラップも飛び上がれば同じ条件になったが、そうするとレオと友だちを地上に放置することになる。
結界を張っていても、魔獣の攻撃に本当に耐えるのかどうか、保証の限りではない。ここは地上から攻めたかった。
ラップは片手を頭上に振り上げた。
「雷球!」
眩い光の球を魔獣に向かって投げつける。
一度、二度、三度目に雷球は魔獣の身体に命中した。
魔獣の身体がしびれて、地上にどさりと落ちた。
「やった!」
後ろでレオたちの歓声が上がった。
「まだだ。」
ラップは口の中でつぶやき、安堵しそうになる気持ちを引き締めた。
地上に落ちた魔獣はもがいている。
致命傷を負わせたわけではない。雷を浴びて、身体が一時的に動かなくなっているだけだ。
『止めを刺さないと。』
ラップは剣を持っていなかった。身の回りの事に使うナイフでは、魔獣の止めを刺すのは難しいだろう。
とっさに思い浮かんだのは、テュエールでグリムゾンが使った氷の槍だった。あれなら遠い位置から急所を狙える。
ラップはぎゅっと胸ぐらを掴んだ。
グリムゾンとの戦いを自分が吸収していると知って、驚くと同時に不思議な気持ちになった。
彼の命を奪ってしまったが、全く何もかもが失われたのではなかったのだ。グリムゾンの使った魔法が、今ここでラップと子どもたちを生かしてくれる。そう思った。
『使わせてもらうよ。』
ラップは右手に魔法力を集めた。パキパキと音を立てて、氷が成長していく。
「えいっ!」
ラップは力一杯、魔獣に氷の槍を投げつけた。
槍は魔獣の胸を貫いた。叫び声を上げて魔獣はのたうち回った。
ラップは続けてもう一本、氷の槍を作り、魔獣の頭を狙って投げつけた。
これも命中した。今度は致命傷だったようだ。魔獣は暴れなくなり、ヒクヒクとしばらくの間痙攣して、それから動かなくなった。
「……。」
ラップは慎重に魔獣に近寄り、死んでいるかどうか確かめた。
頭を氷に貫かれた魔獣は、目を背けたくなるような恐ろしい形相で事切れていた。
ラップはやっと緊張を解き、大きく息をついた。

振り向いて、レオたちの元へ小走りに駆ける。
結界はまだ形を保っていた。
魔法でそれを取り払うと、二人が同時にラップに飛びついてきた。
「うわああっ。」
「ヘブン!」
ギュッとしがみつかれて、ラップは目を丸くした。
「ふ、二人とも大丈夫かい?」
慣れない事に戸惑いながら、ラップは二人の肩に手を置いた。
しがみつく腕はますますきつくなった。
肩が震えている。
ラップは二人が落ち着くまで、肩に手を添えたままじっと立っていた。
二人を守れたんだと、熱い思いが湧いてきた。

先に頭を上げたのは、レオの友だちの方だった。
「兄ちゃん、ありがとう。」
赤く泣きはらした目で、その子は礼を言った。
ラップはこみ上げる嬉しさを感じながら頷いた。
「ボブ君だよね?」
ラップは尋ねた。
「うん。なんで僕の名前を知ってるの?」
ボブは不思議そうに聞き返した。レオがやっと顔を上げた。
「君のお父さんが探しているんだ。昼に帰らなかったって言ってね。」
「うわあ、父ちゃんに叱られるなあ。」
ボブが渋そうな表情をしてつぶやいた。
「ちょっと森へ入っただけなんだけどなあ。」
「ごめん。」
小さな声でレオが謝った。唇を噛んでいる。
「二人とも、怪我をしていないかい。」
ラップはレオとボブに聞いた。
「ちょっと木の枝で擦りむいただけだよ。」
「転んだところが痛いけど、歩けるよ。」
元気そうな返事が二つ、返ってきた。
ラップはホッとしたが、同時に帰り道の事に思い至って言葉をなくした。
この二人を連れて、どうやってシャリネへ、シフールへ戻ったら良いだろう。
ラップの力では二人を連れて空を飛ぶことは出来そうになかった。
空を飛んできたからあっという間だったが、子供の足で歩いたらどの位かかるだろう。
先にラップが知らせに飛べば、途中まで迎えに来てもらえるだろうが、それには二人をしばらくの間、森へ置き去りにしなくてはならない。
二人は森の中ではあまりに非力だった。魔獣や、普通の獣でも野犬やイノシシに襲われたらひとたまりもないだろう。
ラップが傍を離れるのは危険だった。
『人の通る道が近くに無いかな。』
ラップは心の中でつぶやいたが、この辺りの地理には全く疎かった。
シフールヘ居着いて半年にもなるというのに、殆どシャリネから出なかったからだ。
『僕は何をしていたんだろう。』
ラップは恥ずかしくなった。
獣道はおろか、街道の位置すら知らないなんて。
自分の悲しみのあまりに、壁を作って閉じこもっていた。
一体何をしていたのだろう。
『魔法ばかり強くたって、これじゃ人を助けられないじゃないか。』
自分を頼っている二人を見て、申し訳ない気持ちが沸き上がってきた。

「ちょっと木の上へ行って、帰る方向を確認してくるよ。」
ラップは二人に言った。
レオとボブは不安げな表情を見せた。
「すぐに降りてくる。念のため、これを持ってて。」
ラップは小さなナイフをレオに持たせた。
「急いでね、ヘブン。」
レオが真剣な顔で言った。
「わかった。」
ラップは空を見上げて、ゆっくりと舞い上がった。

木々の上へ飛び上がったラップはシフールの町を探した。
シフール城の素朴な建物が木々の間に見えた。
距離は決して遠くない。だが、道もない森林を縫っていくのにどれくらい時間が掛かるかわからなかった。
ラップは城の方向と太陽の方向を頭に刻みつけ、下へ降り始めた。
そのとき視界の隅で何かが光った。
「!」
ハッとしてラップはそちらを見たが、何も見当たらなかった。
腑に落ちないものを感じてラップは眉を寄せた。
ラップのそばの空間に、異常な気配を感じたのはすぐ後だった。
身構えたラップの前に現れたのは、杖を片手にしたモーリスだった。
「モーリス!」
ラップは思わず声を上げた。
「二人は見つかったのか、ヘブン。」
モーリスは険しい顔で聞いてきた。
「はい。この木の下にいます。」
ラップは答えた。助かったと思った。
モーリスの顔が目に見えて安堵した。
「そうか。」
一言つぶやいて、モーリスは先に降下していった。ラップもあとを追った。

「モーリス!?」
レオが叫んだ。
「怪我はないか、二人とも。」
木の下に寄り添っていた子どもたちは、モーリスの姿を見て表情を緩めた。
モーリスは二人が歩けるのを確認すると、周囲を見渡して魔獣の死骸を見つけた。
「魔獣に襲われたのか。」
「追いかけられたんだ。でも、あの兄ちゃんがやっつけてくれた。」
ボブがラップを指さして言った。
「そうか。」
モーリスは納得した様子で頷いた。
「森に入ってはいけないと、いつも言っているだろう。」
モーリスは厳しい顔で二人に言った。
「ごめんなさい、モーリス。」
レオが恐る恐る言った。
ボブはそんなレオをチラリと見て言った。
「僕が止めなかったから…、ごめんなさい。」
それは取りも直さず、森へ行くと言い出したのがレオの方だと告げていた。
モーリスはじっとレオを見た。所在なさげにうつむいている様子は、ボブの言い分が正しい事を裏打ちしていた。

「ともかく、シフールヘ帰ろう。話は後でゆっくり聞く。」
モーリスはそう言うとラップを振り返った。
「ヘブン、シフールの町の入口へ転移する。ボブを背負いなさい。」
「は、はい。」
ラップは言われるままにボブを背負った。
モーリスはレオを片方の肩に座らせ、両足を持って支えた。
「レオ、しっかり掴まっているんだぞ。」
「はい、モーリス。」
レオはモーリスの頭にしがみついた。
「ヘブン、私の横へ。ボブ、ヘブンにしっかり掴まるんだ。」
「うん、わかった。」
ボブがラップの首に両腕を回したので、少し息が苦しかった。
「ヘブン、空へ飛ぶような感覚がしたら、私に全てを委ねるんだ。自分で飛ぼうとしてはいかんぞ。」
「わかりました。」
ラップは頷いた。
「よし。では三人とも目を瞑っていなさい。」
モーリスの言うまま、ラップは目を閉じた。
モーリスの腕がラップの腕に回され、しっかりと掴まれた。
それから、足元の地面の感覚が消えた。
『!!』
ラップはどこかに浮いていた。
空を飛ぶのとは、少し違う感覚だった。
身体に当たる風がなかった。それに、どちらが上で、どちらが下なのかはっきりと分からなかった。
どのくらいの時間そうしていたのか分からなかった。
やがてラップの身体は落ち始めた。
その感覚には覚えがあった。シフールの森へ落ちたとき、確かに同じ感じがした。
『やっぱり僕は転移していたんだ。』
ラップはようやく確信した。
落下は緩やかになり、殆ど止まったかと思ったときに地面に足が付いた。
「目を開けなさい。」
モーリスの声がした。
目を開くと、そこはシフールの町の入口に程近い街道だった。
「ボブの家へ行こう。」
モーリスはラップの腕を離し、先に立って歩き出した。
今転移してきた事など感じさせない自然な動きだった。
自分の師が相当な魔法の使い手であることを、ラップはまざまざと実感した。
ラップは一息つくと、ボブを背負ったままモーリスの後を追った。

「ボブ! どこへ行ってたんだ、ばか者!」
仕立て屋の主人は、ラップに背負われている息子を見た途端怒鳴った。
「ひゃあっ。」
ラップの背中でボブは身をすくめた。
「ご主人、お騒がせして申し訳ありませんでした。」
モーリスは深々と頭を下げた。
「何処にいたんだ、この子たちは。」
「森に迷い込んでいました。魔獣に追い掛けられて奥深くへ行ってしまったようです。」
モーリスは険しい表情で語った。
主人は目を見張った。
「魔獣に出くわしたのか。怪我はないか。」
主人はボブを見やった。ボブが降りたそうに身じろぎしたので、ラップは膝を曲げて降ろしてやった。
「ちょっと擦りむいたけど、大丈夫。」
ボブは両腕についた擦り傷を父親に見せ、それからぴょんぴょん飛び跳ねて元気なところを見せた。
「この兄ちゃんが、魔獣を倒してくれたんだ。」
ボブは振り向いてラップを見た。
ラップは軽く会釈をして応えた。
ボブが怯えなかったことが嬉しかった。
そしてそれ以上に、人の役に立ったことが嬉しかった。

モーリスはレオを肩から降ろした。
「レオ、ボブとおじさんに言うことがあるな?」
真剣なまなざしでレオに語りかける。
レオは既に赤く腫らしていた目を見開き、それから、覚悟を決めたように頷いた。
「おじさん。」
レオは数歩前へ進み出た。両手を前でギュッと握り合わせている。
仕立て屋の主人がレオの方を向いた。
「森へ誘ったのは僕です。僕がボブを危険な目に遭わせたんです。ごめんなさい。」
レオは深々と頭を下げた。涙がポロポロとこぼれた。
「あ、あの、父ちゃん。僕も止めなかったんだ。一緒に探検に行っちゃった。ごめんなさい。」
ボブもレオと並ぶように頭を下げた。
仕立て屋の主人はしばらく二人の子どもを見つめていたが、やがて言った。
「レオ、森は危険だって小さい時から教わっているだろう。無茶をして命を粗末にしちゃいかん。お母さんが空で悲しんでるぞ。」
その言葉を聞いて、レオは弾かれるように頭を上げた。
「二度と危険な真似はしないな?」
仕立て屋の主人はレオに尋ねた。
「はい。二度としません。」
レオは答えた。
「ボブも森には入らないな?」
「うん、父ちゃん。約束する。」
「よし。約束だ。」
仕立て屋は重々しく宣言した。
「モーリスさん、まあ命に関わらなくて良かったが、ちゃんと言い聞かせてくださいよ。この子たちは普通の子どもなんだから。」
「申し訳ない。よく言って聞かせます。」
モーリスは再び頭を下げた。
「それと、そこの…えーと。」
仕立て屋はラップを指さして言い淀んだ。
「…ヘブンです。」
ラップは答えた。何を言われるのかとドキドキした。
「ヘブンか。二人を助けてくれて有難うよ。」
仕立て屋の言葉が、更にラップの心を熱くした。
「はい。無事で良かったです。」
答えるラップの口元に、自然と笑顔が浮かび上がった。

シフールのシャリネへ戻った三人は、誰からともなく居間に腰を下ろした。
レオはまだ目を赤く泣きはらしていた。
「ヘブン、悪いが何か飲み物を用意してくれるかな。」
モーリスが言った。
ヘブンは一瞬きょとんとしたが、モーリスがレオと二人で話したい事があるのだと気付いて立ち上がった。
「わかりました。」

台所へ行ったものの、どこに何があるのか、使い慣れないラップにはよく分からない。
取りあえず火を起こし、三人分の水を鍋に入れてかけた。
それからラップは庭へ出た。畑の一角に群生しているミントを軽く一握りほど摘む。
ざっと洗って、湯が沸騰するのを待つ。
ラップの心は何時になく暖かくなっていた。
レオとボブを助けられたことも、ボブとその親に感謝してもらえたことも素直に嬉しかった。
ここに来てからずっとラップの心を覆っていた曇りが薄らいでいた。
それに、ラップにはまだやるべき事があるのもわかった。
シャリネにこもっていても、いざという時の役には立たないのだ。
湯がコポコポと泡を立てはじめたのでミントを入れ、すぐに火から下ろす。
爽やかな芳香が立ち上ってきた。疲れた身体にはいい刺激だ。
薄い緑色のお茶をコップに注ぎ分けて、ラップはそれを居間へ運んだ。

部屋に入ると、レオはモーリスの膝に頭を埋めていた。
ラップは入り口で立ち止まり、入って良いか尋ねるようにモーリスを見た。
「おお、出来たか? レオ、お前ももらいなさい。」
モーリスはそう言ってレオの肩をそっと揺さぶった。
ラップはテーブルに飲み物を運んだ。
「ミント茶か。」
一口含んで、モーリスはホワッと息を吐き出した。
「ヘブン……。」
レオは立ち上がってラップの瞳をまっすぐに見た。
ラップは緊張してその目を見返した。
「さっきは助けてくれてありがとう。それと、昨日のこと、ごめんなさい。僕はヘブンが羨ましかったんだ。」
レオはきまり悪そうに言った。
「………。」
何と答えて良いのか、ラップには分からなかった。
やはりレオに苦しい思いをさせていたのだ。
「僕は魔法使いじゃないからヘブンみたいに強くなれない。モーリスにたくさん教えてもらうことも出来ない。ヘブンが修行しているのが羨ましかったの。」
レオの声に涙がからんだ。
「僕も森に入れるようになったって、認めてもらいたかったんだ。でも、魔獣が現れたら怖くて…。逃げてどんどん森の奥に入っちゃった。ヘブンが来てくれてとっても嬉しかったよ。」
レオはまっすぐな瞳でラップを見ていた。
「ヘブンにはもっと修行して、もっと強くなって欲しい。僕、応援するよ。」
「レオ君…。」
『本当にそれで良いの?』と、聞きたいと思った。
でもラップはそれを口に出せなかった。修行を続けたかった。
「ありがとう。頑張るよ。」
ラップはレオの言葉を受け入れて感謝の意を伝えた。少し心が痛んだ。
「がんばって。それとね。」
レオが言った。
「僕のことレオでいいよ。」
はにかんだ笑顔でレオが付け足した。

 

(2010.5.16)

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